■2012年2月19日 第11回 〜 講演「菜の花」 サカタのタネ 野菜統括部 山根哲哉氏
◇菜花とは
  • 春先、3〜4月になると、河原にきれいな黄色い花が咲いています。それら全般のことを「菜花」というわけですが、分類がなかなか難しい。かぶやキャベツ、大根。これらはすべて、アブラナ科の仲間です。ワサビもアブラナ科です。

  • アブラナ科は花びらの枚数が4枚。十字の形の花なので、アブラナ科のことを十字花科とも呼びます。
サカタのタネ 野菜統括部 山根哲哉氏
  • アブラナは菜種油をとるのにも使われますが、トウの部分を食用にします。トウとは、花を咲かせる前の蕾の部分。植物は、子孫を繁栄させるために花を咲かせて実を結実し、後世代に自分の遺伝子を受け継いでいこうとしている。その花が咲く前に、人間が採ってゆでて食べてしまう、ということです。
◇菜花にはさまざまな呼び名がある
  • 菜花には、「かき菜」、「茎立菜」、「トウ菜」など、さまざまな呼び名があり、混同されているケースが多いようです。

  • 「トウ菜」の呼び方は、トウを食べることからでしょう。ほうれん草やチンゲンサイなどもトウが立ちます。アブラナ科類のトウは、総じておいしいものが多い。寒さを経過して春先に上がってくる菜花は、甘みを蓄えているので、生で食べても甘みが感じられます。

  • 「かき菜」は、トウの部分を掻いて食べることからこう呼ばれています。ネットには、一部に、「かき菜は北関東、特に、栃木県佐野の近辺のものをいう」とありますが、これは正解ではない。他の地域のものでも、トウを掻いて食べるものは「かき菜」と呼んでいますので、総称だと考えたほうがいい。

  • 「茎立菜」もよく使われます。文献には、「地方のトウ菜に対してつけられている名前」とあり、これもやはり総称とみていいと思います。「女池菜」、「こぶ高菜」、「宮内菜」、「中島菜」など、日本全国各地にその土地に根付いたアブラナ科の植物がたくさんあります。
◇華麗なるアブラナ科一族
  • アブラナ科は、英語ではブラシカ(Brassicaceae)といいます。アブラナ科、十字花科、ブラシカ(Brassicaceae)は、すべて同じ意味です。

  • 種名、亜種名を使うことはあまりないと思いますが、いわゆる菜の花、「花菜」は、キャンペストリスという種です。一般に、葉っぱが鮮緑色で、ちりめん状のものが多い。味はやや苦みがあります。

  • キャベツとブロッコリーは、オレラセアという種です。キャベツは、中にある芯の先端に、花芽を分化して持っています。それが、温度とともに上がってくる。通常は品種改良をして、かたく巻くようになっていますが、それが甘い品種だと、キャベツの頭をバリバリと破って上に出て、黄色い花を咲かせます。キャベツはトウ立ちしないように作らなければなりませんが、ブロッコリーはトウを食べる野菜ですから、花芽をつけるような栽培をします。

  • 動物でも植物でも、細胞の中には核が、核の中に染色体があります。遺伝情報が書き込まれたもので、DNA(デオキシリボ核酸)で構成されている。すべての遺伝情報が染色体の中に詰め込まれています。同じアブラナ科でも、染色体の数が違うと、花粉を掛け合わせても交配しません。染色体の数が同じならば、交配します。例えば、タアツァイとカブを掛け合わせると、ちゃんとタネができますが、キャベツとカブでは、染色体の数が違うので、掛け合わせができません。キャベツのおしべにカブの花粉をつけてやっても、小さいうちに枯れて落ちてしまい、実が膨らんでくることはありません。同じような花を咲かせ、どちらもトウ菜として使われている洋種ナタネと花菜も掛かりません。洋種ナタネの染色体数は19、千葉県の房総などで作られている花菜は、染色体数が10。「のらぼう菜」、「宮内菜」、「三重菜花」は、洋種ナタネと同じブラシカ・ナパスに属し、いずれも染色体数は19です。

  • 花菜に代表されるキャンペストリスの群は、染色体数が10で、非常に仲間が多い。ですから、素材として使いやすく、種苗会社がいろいろな組み合わせを試して掛け合わせています。ただ、例えば、「広島菜」などの地の漬菜は、地元で原種を維持している場合が多く、他の品種の花粉が掛からないように注意しなければいけません。これが非常に大変です。河原など、まわりにはよくわからない菜花の花が咲いていますから、蜂が運んだ花粉で交雑してしまうこともある。ひとつの品種を維持していくのは、大変なことです。
◇菜花の栽培について
  • 菜花の種子は、だいたいが1mmぐらいの小さな粒で、似たような形をしています。

  • 花を咲かせるための一番大きな要因は、寒さにあたること。菜花のタネのまき時期は秋です。秋にまくと、まだ地温があるので芽が出てきます。ある程度大きくなると、寒い真冬に突入するので、もう育たなくなる。その期間に、葉っぱの一番上に子孫を残すための花芽を形成します。それが、3〜4月の温度上昇期に、トウとして上がってきて、春に花を咲かせるわけです。すべてのアブラナ科は、花芽を分化させるために低温を必要とします。

  • サカタのタネは千葉に研究農場を持っています。房総半島では今の時期、菜花の収穫作業をしています。無霜地帯で暖かいところなので、1〜2月でも菜花は少しずつ生長するそうです。

  • 春先に花を観賞する菜の花は結構な背丈があります。食用として栽培している菜花は、上に伸びようとする枝を途中で折って収穫します。2回目は、わき芽として出てきたものを掻いて収穫しますので、それほど丈が伸びることがありません。
◇品種改良について
  • サカタのタネの千葉の研究農場は、「君津育種場」といいます。われわれは、どちらかというと、「品種改良」ではなく「育種」という言葉を使います。

  • 「菜心(サイシン)」と「紅菜苔(コウサイタイ)」は、分類では、ブラシカ・キャンペストリスのシネンシスに属しています。この2つを掛け合わせて生まれた野菜が、「オータムポエム」というF1品種です。非常に茎がやわらかく、頭に花が咲いてもおいしく食べられます。F1は、一代交配種ともいいます。「菜心」×「紅菜苔」からできたタネをまくと「オータムポエム」ができますが、「オータムポエム」のタネをまいても、次の世代は「オータムポエム」にはなりません。「菜心」や「紅菜苔」が出てきたり、あるいはそれらの交雑がバラバラに出てくる。生産者は掛け合わせて採ったタネをまかないと、「オータムポエム」は作れない、ということになります。

  • いわゆる「菜花」も、例えば、早生で早く採れるもの、多収で茎がたくさん上がってくるもの、それでいておいしいものなど、各社がさまざまな目的で育種をしています。サカタのタネには、「早陽1号」、「花飾り」、「花娘」の3品種があります。

  • 菜花はやわらかくておいしくなければいけません。かたくてまずくて粉っぽいものでは困ります。また、生産者が作りやすいよう、病気に強くなくてはならない。消費者向けと農家向け、2つの因子が重要になります。「おいしいけれど、病気に弱い」とか、「病気にはめっぽう強いけれど、あまりおいしくない」といった情報が染色体の中にあって、こうしたものをうまく掛け合わせて、「おいしくて病気に強い」ものを作り上げる。ただ、「おいしい」、「病気に強い」といっても、いくつもの因子が複雑に絡み合っていますから、タネ屋は、それをいくつも掛け合わせながら選抜していきます。

  • アブラナ科の性質のひとつとして、「自家不和合性」があります。自家不和合性とは、自分の花粉では実がならない性質のことをいいます。自分の近縁で世代を更新していくと、遺伝子の性質が弱まっていきます。ですから、自然界において、同じ遺伝子をを繰り返すような更新はできないことになっている。タネ屋はこの原理をうまく利用します。

  • 菜花を採種するとき、母親となる菜花が3列ぐらい植わっているとします。父親となる菜花は花粉を提供するだけの役割ですから、1列だけ植えます。この畑に虫が飛んできて、雌株に花粉がかかるとタネが採れるわけですが、そのとき、自家不和合性という原理があるので、自分の花粉は自分にかからない。父親の花粉しかかからないので、純粋なF1種が採れることになります。こうして一代交配種のタネを生み出すことができるわけです。

  • 自家不和合性=自分の花粉が掛からない、ということは、あるひとつの品種が生き残っていくことができないのでは、と思われるかもしれません。でも、まだ若い蕾のうちは、自家不和合性の性質が働いていません。先ほど、F1種の「オータムポエム」は、「菜心」と「紅菜苔」の掛け合わせだとご説明しました。ということは、「オータムポエム」の親として、「菜心」も「紅菜苔」も残していかないと、タネが途絶えてしまいます。親を維持するには、蕾をピンセットで開く。出てきたおしべに花粉をつけると、まだ自家不和合性が働いていないので、ちゃんとタネが実ります。こうして、後々まで「菜心」も「紅菜苔」も維持していくことができます。
◇旬をPR
  • 近頃、「旬」の感覚が薄れたといわれます。ただ、菜花は、春に河原に行けば咲いていますし、桃の節句に桃の枝とともに花器に生けたりもしますので、春が旬だとわかります。旬に採れる野菜は、栄養価が高いとか、機能性に富むとか、いい面がたくさんあります。誰もが旬を感じられる菜花は、そこをぜひPRしていきたいと考えています。タネ屋は耐病性や収量性といったことだけを重んじる傾向がありますが、今後は、さまざまなところで「旬」のアピールもしていくつもりです。
 

【八百屋塾2011 第11回】 実行委員長挨拶講演「菜の花」|勉強品目「菜の花」「晩柑類」|商品情報食べくらべレポートより