■2011年4月17日 第1回 〜 講演「八百屋はなぜ勉強が必要か」 杉本晃章氏
 おはようございます。

 北千住で八百屋をしている杉本です。

 今日は始業式なので、「なぜ八百屋は勉強する必要があるか」と題して、お話しします。

 この[八百屋塾]は、2000年に、せいか研修セミナー[八百屋塾]という形でスタートしました。ですから、今回は12期になります。

杉本青果店 店主 杉本晃章氏

 [八百屋塾]を立ち上げたのは、野菜研究家の江澤正平先生です。

 江澤先生のことを紹介すると、大田市場ができる前まで、青果市場はこの秋葉原にあった神田市場でした。そのもっと前は神田朱雀町にあったのですが、江澤先生は大正元年にその問屋に生まれ、昭和の初めに神田市場にあった東京青果東一の前身に入社されて東一では取締役までつとめられました。辞めてから西友関連の会社社長になり、完全にリタイアしてから野菜の勉強を始めたそうです。

 江澤先生は、東一で非常に優秀な社員だったので野菜をよく売ったらしいです。ただ、当時は売ること、売れることが大事で、野菜の味には関心がなかった。辞めてから野菜について勉強して、おいしさに目覚め、あの野菜はおいしくなかった、と気づいたといいます。野菜はおいしくなければいけない。おいしくないから売れない、まずいからもう一度食べようと思う人がいない。そう気づいて、20数年、野菜研究家として、本当の野菜の姿を追い求め続けた。私たち八百屋も、非常に影響を受けました。

 先生がよく言っていたのは「おいしいことは飽きないこと」。つまり、また食べたくなる、ということです。八百屋がおいしい野菜を売れば、お客さんはまた来てくれます。

 「食べてみた?」というのも口癖で、よく言われました。「食べなきゃわからないよ!」って。

 先生と会って、僕など、人生が変わったような感じです。それまでは、たくさん売って儲けることを主眼にしていましたが、そうではない。野菜のおいしさをお店で伝えれば、自分たちの利益につながる、とわかりましたし、こういう話もできるようになりました。講演の依頼も来ます。先生のおかげです。

 江澤先生はいろんなことをしています。あまり知られていませんが、フロリダのグレープフルーツを日本に初めてもってきたのも先生です。フロリダ産は皮が薄くて実がぎっしり入っていますが、その前はカリフォルニアのグレープフルーツしかなかった。皮が厚くて1pもある。実が4pで、また皮が1p、そんなグレープフルーツです。これじゃいけないというので、フロリダへ行ってグレープフルーツをもってきた。お酒を飲んでいるときに、そう聞きました。

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 野菜のおいしさが置いてかれたのは、時代もあるのでしょうが、大量収穫ができるF1になっていったことが原因です。それまでの野菜は、地方品種、伝統品種で、とれる時期が決まっていてその時期にしかとれないし、病気になりやすい。そろいも悪いんです。ただ、味はいい。その野菜らしい味がします。

 F1は、逆です。耐病性がある、病気に強い。そろいが抜群。100個タネをまくと、99.9個発芽する。みてくれもいい。ただ、味がいまいち。

 昔、きゅうりが出てくるのは夏だけでした。いまは一年中ありますね。ただ、品種は同じではない。一年中店に並ぶように、品種が開発されているんです。

 いまのきゅうりは、ほとんどがまっすぐのA品です。あってもせいぜい曲がりが3p未満のB品で、3p以上曲がってるC品なんて、ほぼないといっていい。いまはA品かB品の2段階。それが昔は32段階あった。それほどバラついていたんです。それが2段階になるほど、そろいがよくなった。それがF1の力です。

 江澤先生は、「きゅうりの命は3日だ」と言っていました。昔は、きゅうりを店に並べたら、必死でその日のうちに売ったものです。次の日にはもう売りものにならないので、漬けものにするよりほかなかった。

 いまのきゅうりは、稲山光男先生がかぼちゃを台木にしてブルームレスにした。ピカピカで持ちもよくなり、よく売れました。1週間くらい冷蔵庫に置いたってピカピカしていて、わからない。シャキ感も残っています。

 ただ、皮がかたくて中がやわらかい。だから、漬け物にすると漬かりが悪い。皮のかたさは、漬け物にするとよくわかります。それに、きゅうりの匂い、カッパの匂いが3日でなくなる。やっぱりきゅうりの命は3日、というのは当たっています。

 きゅうりの長さはだいたい20pと決まっていますが、これは何で決まっているか、というと、海苔のサイズです。カッパ巻きにつごうよくできている。F1で、まっすぐで、都合のいいサイズで、日持ちがよくて、ピカピカのきゅうりになった。だけど、匂いが薄いし、皮がかたい。

 今日は、茨城の柿沼農園のセロリが並んでますが、これはセロリ名人の伊藤さんのお弟子さんなんですね。僕も、セロリづくりを見学したことがあります。手間がかかって、病気に弱くて、すごくたいへんです。

 だから、産地が少ない。

 僕は前はセロリが嫌いだった。匂いだけで、味はあまりないと思っていた。伊藤さんのセロリは、ふつうのセロリと違います。野菜は嫌いだと売れません。みなさんも食べて好きになってください。好きでなくちゃ売れません。

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 うちに来るお客さんもいろいろ。野菜の説明をすることで、家族構成とか、ニーズ、好みがわかりますから、そのお客さんに合わせたものを選んであげることができる。と、「あの八百屋さん、よくわかってる」ということになります。

 安さを求めている人は食べ物に関心がありません。きゅうりだって、ハウスだろうが無加温だろうが、関係ない。1円でも安いほうがいいんです。

 高品質のものを求めているお客さんもいます。たとえば、いつもフルーツトマトを買うお客さんがいるとします。ふつうのトマトなんて買いません。そのお客さんがいちごを買いに来たら、デラックスの1000円のいちごをすすめる。ふたつ500円を売ってはいけない。そこを見極めるのが大事なんです。じゃ、その人がきて、もしいいものがなかったらどうするか。「なんでもいいや、売っちゃえ」はダメ。「明日来るから、1日待ってちょうだい」、と言う。そうするとお客さんは、「私が買おうと思ってるのに売ってくれない」とは思わないんです。「私向きのいいのがないから、探してきてくれるんだ。八百屋のオヤジはちゃんと、高くてウマイものを選んでくれる」となる。だから、八百屋は、この人にはこういうもの、とちゃんと見分けてすすめることが重要です。

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 今回の大震災と原発の事故で、東北・北関東の農家はたいへんな風評被害にあっています。そこで、北足立支所の近藤さんと僕が中心になって、「絶対応援宣言」を出しました。農家を絶対に応援するということです。農家が農業をやめてしまったら、いい野菜がなくなってしまう。八百屋さんにとっても、お客さんにとっても非常に困ることです。

 足立区長に相談したら、「いいことだからバックアップする」ということになって、区役所で「被災産地応援フェア」を開きました。福島県のもやし、栃木産のいちご、茨城産のレタスなど…。2時間くらいで完売しました。新聞やテレビ、マスコミが取材に来て、すごい騒ぎになった。売上金の一部と義援金を日本赤十字社に寄付、残りは農家に届けました。お客さんはみんな放射能のことを心配していますが、説明するとわかってくれます。それは、スーパーにはできない。対面販売の八百屋さんしかできません。

 これから5月〜9月は、きゅうり、なす、トマトなど、八百屋さんは北関東の野菜を避けて通ることはできません。「市場には、安全じゃない野菜は出回らない」と、しっかり説明して売ってください。それには正しい情報が大事です。毎日ニュースをチェックしてきちんと説明すれば、必ず売れます。

 

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