■2015年4月12日 第1回 開講式 〜 講演「なぜ、野菜の勉強が必要か? おいしい野菜とは?」 杉本晃章氏
[はじめに]

 平成12年からスタートした八百屋塾は、今年、16年目を迎えます。私自身も、この八百屋塾で勉強をした一人です。それまで八百屋のせがれとして、ある程度の野菜の知識は持っていましたが、必ずしもすべてが正しいとは限りませんでした。それが、この八百屋塾で最初から勉強し直すことで、正しい知識を身につけることができました。

元実行委員長/杉本青果店店主 杉本晃章氏
[八百屋塾の精神]

 八百屋塾は、江澤正平先生が創始者です。当時、85歳でした。もとは神田の市場の問屋のせがれで、東京青果の取締役になり、その後、西武流通グループの社長になりました。自分は、本当の野菜の姿を知らなかったと、70歳から、全国のタネ屋や生産者を回り、本格的に野菜の勉強を始め、平成20年に95歳で亡くなりました。

 江澤先生は、「本当の野菜の姿を消費者に伝えられるのは、対面販売をする八百屋しかいない」と、よく言っていました。八百屋は効率の悪い商売ですが、量販店などでレシピを配ったりカードを掲示するだけでは、なかなか伝えることはできません。

 八百屋をやる上で、江澤先生には「儲けるより儲かるようにしろ」と言われました。「儲けという字は、信者と書くだろう。店の信者を作ることが、儲 けにつながる。お客さんの役に立てば、信者になってくれる。そうすれば、自然に儲かるようになる」と。

 説明してもうまく伝わらないときは試食してもらうのも、江澤先生の教え。それでうまくいった例が、草加で八百屋をしている八百屋塾の元塾生です。 高い果物でもどんどん試食に出して、古い団地の中にある店なのですが、かなり高級な果物が売れる店になっています。

 江澤先生は、金儲けの話が嫌いでしたから、「商売が下手な八百屋には、おまえが金儲けの仕方を教えてやれ」と、よく言われました。うちの店は、漬け物が得意なのですが、これはロス対策としても有効です。たいてい、品物を10買ってくれば、6〜7割は売れます。残りをどうするかが、生鮮食料品の難しさです。「おひや」(八百屋の言葉で、売れ残りを冷蔵庫で保管し、冷たい状態でまた出すこと)にするのか、漬け物に加工するのか。おいしい漬け物を作れば、それが評判にもなります。

 今日の八百屋塾のテーマは「トマト」です。何種類ものトマトが並んでいますが、この中で、店で売りやすいトマトは数種類しかありません。手を出さないほうがいいものもあるんです。ただ、知らないと説明ができませんから、自分の知識として持っておくことは重要です。知っていれば、もし有名なレストランから引き合いがきたら、「こういうトマトもありますよ」とおすすめできます。また、最近はカラフルなトマトも多数ありますが、やはり、トマトは、真っ赤に熟したものがよく売れます。実際に食べてみて、味や特性を自分の舌で確かめることが何よりも大事です。

 江澤先生には、「八百屋を通して野菜を普及させたい」という考えが根底にありました。八百屋塾以外にもさまざまな勉強会を開催しましたが、なかなか広まりませんでした。そうした会で勉強した人が、自分の地元でも同じことをやってほしい、とよくいっていたのですが、今やっているのは、横浜、北海道、岩手ぐらいです。北足立の市場では、不定期ですが、行政と一緒に講座を開いています。みなさんにも、野菜のよさ、おいしさを、もっと広く伝えていただきたい、と思います。

[おいしい野菜とは何か?]

 私が40年以上野菜の勉強をしてきていえることは、ゆっくり育った野菜はおいしい、ということです。どんな野菜でも、短時間で育ったものはあまりおいしくありません。

 今日は、ここに、「雪下にんじん」のジュースが届いていますが、これは新潟県津南町の宮崎さんが育てた「雪下にんじん」で作ったものです。宮崎さんは25歳のときに津南町に入植して、農業を始めました。5年ぐらい経ってようやく「雪下にんじん」ができるようになったのですが、まだメジャーじゃないころですから、軽トラック1台分のにんじんを積んで、うちの店に売りに来ました。生でスティックにしたり、甘く煮たり、蒸かしたりと、3種類くらい試食を用意して、売り切ったら、感激してくれました。その翌月、うちの店だけで売っていてもダメだからと、彼を八百屋塾に呼びました。八百屋塾に来れば、東京中の八百屋で売れるようになります。やはり、こだわりがあるので、思いのある八百屋さんに売ってほしい、という思いがあるんです。店頭で消費者に伝えながら販売する。そうでないと、生産者の思いはお客さんには伝わりません。

 八百屋は仕事はきついかもしれませんが、自分で値段を決めて売れるいい商売です。最近は、野菜を食べなくなったことや、少子高齢化などで来客数が減少したこともあり、納品もするようになりました。足立区の場合はメニューが同じなのもあり、1〜2件納品するのも、7〜8件も手間は同じですから、まとめて受けて、今、全体の約4割が納品業務です。栄養士さんたちに無茶なことを言われたりもしますが、会合などに出ては、「野菜というものは、ないときはない」と説明するようにしています。

 昔は、市場にないものを仕入れてこい、といわれたものです。品薄のものを入れれば売れる、残っているものは売れないんです。品物が足りないことを八百屋の業界の言葉で「もがいている」といいます。今の若い八百屋さんは、八百屋の言葉や符丁を知りませんが、何でも聞いてくれればお教えします。

 かつて、八百屋塾では、毎年、開講式はトマトがテーマでしたが、4月のトマトはあまりおいしくないので、しばらくやりませんでした。トマトは温度の上昇とともに消費量が増えていくため、産地では4月頃から量産体制に入ります。春トマトは、樹を伸ばす過程で1番果がついてしまいます。夏に備えて樹勢を早くよくするためにまめにかん水をするので、どうしても水っぽいトマトになってしまいます。段数が上がってくるとかん水を控えるので、トマトがあまり大きくならず、味が濃くなります。おいしさの感じ方は人それぞれですが、一番おいしいのは夏場のトマトでしょう。狙い目は夏場の東北地方のA級の小さい玉です。高級なフルーツトマトと遜色ない味がします。フルーツトマトは、かん水をかなり控えるので、トマトが自分の身を守るために、皮がかたくなります。湯むきすればいいのですが、高齢者は特に皮がかたいと離れていきます。それなら、普通のトマトで糖度の高いものを売るほうがいいと思います。そこを自分で見極めてチョイスすること、つまり、目利きが大事になります。そのために、八百屋塾で勉強するわけです。

 八百屋塾にはさまざまな分野の専門家が来ます。わからないことは質問すれば、ていねいに教えてくれます。果物のことは橋本さんに聞いてください。

 塾生の森さんのお店は、それほどいい場所にあるとはいえないのに、700〜800人のお客さまが来るそうです。例えば、メロンの時期なら、50ケース、100ケースのメロンを売ると思います。たくさんの人に少しでもおいしいものを売ろう、という努力は素晴らしいことです。高くておいしいのは当たり前ですが、いかに勉強していいものを引っ張るか、それが八百屋の使命です。なぜ安いか、高いかが分かる八百屋さんになってください。

 調理加工用のイタリアントマトというものがあります。一時、かなり出回りましたが、八百屋がいくら「加熱して食べるトマトですよ」といっても生で食べてしまう人が多いので、市場はもうあきらめたようです。最近は、トマト鍋のような料理も広まってきたので、調理トマトもいいのではないか、とも思いますが、どうなるでしょうか。ちなみに、イタリアントマトは、生では味がなくておいしくありません。焼いたり煮たりして使うものです。逆に、日本のトマトのようにゼリー質が多いものは、加工にはあまり向きません。

 ハート型のトマト、「トマトベリー」も、最近形がよくなりました。変わったものは特にそうですが、自分が知らないとまず売れません。だったらまだ、お客さんもよく知っているものを売ったほうがいいと思います。何かひとつ、得意なものを作ることが大切です。「あの八百屋は何でもうまい」より「あの八百屋はトマトがうまい」のほうがいい。トマトを買いに来たお客さまに、いかにほかのものもすすめられるかが勝負です。

 トマトは野菜の中で売上高が年間No.1です。昭和60年を境に、キュウリからトマトに替わりました。家庭で漬け物をしなくなったのと、昔のキュウリは、ブルームキュウリという粉のついたキュウリで、おいしかったのが、ブルームレスになりまずくなった、というのが理由です。トマトは、昭和58年頃から、タキイ種苗の「桃太郎」というトマトが出て、完熟でとれるものになり、おいしくなりました。キャベツや大根などに比べると金額が高いので、トマトを一生懸命売れば、店の売り上げも上がります。つまり、利益も上がる、ということです。お客さんも洗うだけで簡単に食べられるので気軽に買ってくれます。外食ではあまり使われないため、惣菜のサラダを買っても、トマトだけは別に買って、家庭で食べる、という人もいます。今日は一生懸命トマトの勉強をして、販売につなげてください。

 ご静聴ありがとうございました。

 

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