■2018年11月11日 第8回 だいこん・みかん 〜 講演「だいこん」育種とタネの生産現場から〜今だいこんに求められているもの〜 (株)トーホク 育種研究室主任研究員・農学博士 新倉聡氏
◇各地のだいこん栽培
  • 神奈川県の三浦はだいこんの大産地です。私の地元は三浦半島なので愛着があります。狭い耕地を最大限に利用するため、株間は狭ければ10センチ台、通路の間際まで播いています。

  • 千葉県は3月頃からトンネルとマルチを使っただいこんがたくさん出て来ます。

  • 北海道は夏だいこんの主産地で、先が見えないくらい広い圃場で作られています。収穫には機械を使います。

(株)トーホク 育種研究室主任研究員・農学博士
新倉聡氏
  • 石川県では8月からタネを播きます。砂地で、暑いため、設置されている日よけは虫よけにもなります。雨が降らない場合はスプリンクラーで散水します。

  • 宮崎県は切り干しだいこんや干しだいこんの大産地です。冬の干している時にこのあたりに行くと、漬けものの香りがします。
◇だいこんの起源と日本への伝来
  • 4000年前、ピラミッド建設の労働者にだいこんが給与されたという記述がピラミッドの碑文にあり、その頃から食用にされていたことがわかります。

  • 野生のだいこんの花は白、紫、黄色があり、根は朝鮮人参のような形をしています。それがヨーロッパで、二十日だいこん、黒だいこんなどに品種改良され、シルクロードを通り、華南系、華北系だいこんになりました。華北系はでんぷん質でかたく日持ちがよくて、色だいこんが多いのも特徴です。華南系、南方系といわれているものは水分が多くてやわらかく、あまり日持ちしません。この両方が日本に入り、1950年代の本では在来109種が記録されています。
◇多様な品種
  • だいこんにはさまざまな品種があります。

  • 「台湾だいこん」は南方系のだいこんです。

  • 「方領だいこん」は白首で先が曲がっており、「練馬だいこん」の元ではないかといわれています。

  • 「守口だいこん」は長さ1メートル以上になり、守口漬けは名古屋駅などで売られている高級品です。

  • 「三浦だいこん」は練馬系とほかのだいこんを交雑したものとされ、私が子どものころはだいこんといえば三浦だいこんでした。煮もの、なますには最高です。

  • 「宮重だいこん」は、今の基幹品種「青首だいこん」の元です。今の青首だいこんは一年中穫れるように、春はトウ立ちが遅く、冬の寒さにも強い性質を入れています。

  • 「大蔵だいこん」は練馬系だいこんから派生したといわれ、ウイルスに強く、早くから穫れるように、江戸時代にいろいろと改良されてきた経緯があります。

  • 宮城県の「小瀬菜だいこん」は葉っぱの漬けものを食べるだいこんです。

  • 関西では“白上がり系”の「大阪四十日」、「田辺だいこん」など、白首が中心でした。「大阪四十日」は「亀戸だいこん」の元ではないかといわれています。

  • 韓国でキムチに使われるだいこんはかたいのが特徴で、信州系の地だいこんにも同様のタイプがあります。

  • 「聖護院だいこん」は、「宮重だいこん」からできたと言われています。

  • 「岩国の赤だいこん」は非常にきれいな色をした在来種のだいこんです。

  • 「桜島だいこん」は株間を1メートルくらいにして大きく作ります。

  • 三浦の三戸浜海岸には「はまだいこん」の群生地があります。こうした群生地は日本全国にあり、「はまだいこん」という名前には合わない山奥にもあります。
◇(株)トーホクについて
  • 弊社のカタログを2つお配りしました。営利栽培向け(農家向け)のものと家庭菜園向けのカタログがあります。私はだいこんとたまねぎを担当しています。

  • (株)トーホクは、花と野菜の種子の開発と生産、販売を行っている会社です。花と野菜を合わせて100種類くらい。全国に営業所があり、地方品種も充実しているのが特徴です。

  • 私の所属する育種部は宇都宮市の郊外にあります。石垣島に分場があり、亜熱帯の気候で耐暑性、生理障害の選抜などを行うため、年に1度は行きます。

  • 育種されたタネは、生産部で販売種子と親種子を採種します。その品質評価に合格すると、商品管理部が発芽試験、病理試験、F1純度試験などを行った後、業務部が充填・発送します。
◇F1品種とF1の採種
  • 今、一代雑種品種育種法によるF1品種は、にんじん、かぼちゃ、たまねぎ、きゅうり、ピーマン、オクラ、ほうれん草、かぶ、ねぎなど、ほぼすべてです。

  • 一代雑種品種育種法とは、優秀な一代雑種(F1)を得る育種法です。その第一歩は親作りで、最初に育種目標を決め、素材や選抜場所を吟味します。

  • だいこんの場合、亜熱帯の石垣島で作ると「また根」や、一部が肥大する「こぶ症」、「横縞症」、ホウ素の欠乏による「赤芯症」などが発生します。こうした障害がより出やすい厳しい環境で栽培して、選抜するのが育種家の仕事のひとつです。

  • 「萎黄病」は土の中にいるカビが原因で、根から水が吸えなくなり、葉が枯れる病気です。「萎黄病」に強いタネの選抜は宇都宮市内で行っています。「萎黄病」の土を混ぜたところにタネを播き、病気を出させる環境で強いものを選びます。

  • 抽台の選抜は、寒いときに春だいこんのタネを播き、花が咲く品種と咲かない品種を見分けます。春に花が咲くと困りますが、採種する場合はトウ立ちして花が咲かないといけません。春だいこんのタネが高いのはそうした理由です。

  • 耐寒性の選抜では、寒いときに収穫するので、葉っぱや根が寒さに強い必要があります。葉っぱが黄色くなってしまうものは一目瞭然でダメ、となります。

  • こうした選抜の場を通じて親を育成したら、次は、雑種強勢という現象を利用してF1育種を行います。いろいろとお見合いをさせ、大きな雑種強勢を示す組み合わせを見出します。たとえば、「青首だいこん」と「黒だいこん」をかけるとどうなるか…。やや黒っぽくはなりますが、青首のままです。ちょっと極端な例ですが、こうしたこともブリーダーの仕事のひとつです。

  • 今、F1が悪者のような風潮が一部にありますが、秋田県の「いぶりがっこ」のだいこん、長野の辛みだいこん、「守口だいこん」、「桜島だいこん」など、さまざまな在来のだいこんがF1になっています。農家さんもおカネにならなくては作りませんから、営利向け栽培と、多様性を保つためのタネの保存は別に考えよう、ということです。たとえば「桜島だいこん」はF1でないタネでは、空洞症が出たり小さかったりして、ほとんど出荷できないこともあるそうです。F1ならよく揃い、畑当たりの収益がまるで違います。われわれはF1を売っていますが、多様性を維持するために、多くの種類のタネが金庫に入っています。

  • 野菜や花の収穫は栄養生長の途中、イネやムギ、大豆は生育が終わった段階で行います野菜や花の採種栽培は、花芽をつくり、花を咲かせ、実を結んでタネをつくる「生殖生長」で、ここがタネ屋のキモになる部分です。

  • 一次選抜されただいこんを冬に穴を掘って植え、冬を越して春になると花が咲き、二次選抜を経て採用します。これを繰り返して親を育成し、有望な両親の組み合わせが見つかれば、生産部に移行してF1の採種試験を行います。

  • 採種している場所は、「作場(さくば)」と呼ばれます。どこでタネを採ったかはタネ袋の裏に書いてありますので、ご覧ください。

  • 国内採種のメリットは、ミツバチ以外にもさまざまな虫がいるので小規模な作場ができること、細やかな手入れができることなど。デメリットは梅雨です。ちょうど花が咲いてタネが実る時期に梅雨になります。また、採種には隔離が重要で、どうしても里山や離島など高齢化が進んでいるところがメインになります。

  • 国外は大規模採種ができ、隔離も容易ですが、受粉がミツバチにだけになるのと細かな要求がしにくいのが難点です。トーホクでは今は9割以上が国外で採種しています。

  • 近年、農業環境や栽培技術が変化し、高品質のタネが求められています。病気や生理障害に強い、味が良いものでも、高品質種子が採種されないと品種としては認められません。

  • だいこんのタネは、昔は5粒播きましたが、マルチを敷きながら1粒ずつ播くとか、他の野菜では1粒ずつ落として育苗し機械で植える「セル育苗」などが急速に発達しています。

  • ミツバチが親Aと親Bの間を行き来するためには、AとBの開花を同じように育種するか、播種日をずらして、トウ立ちを一致させる必要があります。ミツバチが往来しないと、できたタネは低F1純度になることがあり、そのタネを播くと生育が不ぞろいになったり、歩留まりが低下します。

  • ミツバチは花のガイドマークや形態、匂いを頼りにして花を見分けているといわれており、だいこんの花の形態なども育種目標になります。理想的には両親A、Bが近くにあり、花のガイドマークや形態、香りが似ていて、ミツバチが報酬を得られるようにすることです。

  • ミツバチの受粉によってF1ができるのは、アブラナ科の野菜が「自家不和合性」という性質を持っているからです。近交弱勢にならないために、雌雄のS遺伝子が一致するとタネができないしくみになっています。最近はDNA診断により一致するかどうかは小さな葉っぱがあればわかりますので、選抜効率が大幅に向上しました。

  • F1の親になるタネは、まだ自家不和合性が出ていないつぼみのときに、ピンセットでめしべの先を出して受粉させます。春には多くのパートさんにこの作業を毎日やってもらいます。また、炭酸ガスは自家不和合性を打破するので、F1の親になるタネの増殖にはハウスで3〜4%の炭酸ガスの処理をします。

  • 自家不和合性の程度が低いとF1純度の低いものが採れる可能性が大きくなるので、親に使わないようにすることも重要です。ただ、花が咲いてからでないと検定できないので、DNA診断でわかるようにしたいと大学と共同研究をしています。

  • 育種と同時に特性評価や、産地での栽培講習をして、名前がつき、カタログに載るまでに、開始から少なくとも10年。産地で「いいだいこんだね」と言われると、ブリーダー冥利に尽きます。
◇だいこんの今後と育種家としての心構え
  • 農水省の統計によると、だいこんの消費や栽培面積は右肩下がりで、キャベツにも抜かれています。

  • だいこんは、たくあん、おでん、切り干し、おろし、なます、つまなど、さまざまな料理に使われ、日本の食文化のなかで大きな役割を果たしています。

  • 文化的側面をみると、京都には了徳寺の「だいこん焚き」、金沢には「源助だいこん」の歌、鹿児島の「桜島だいこん」は街灯や小説、鍋島焼にも使われています。長野県の辛みだいこん「ねずみだいこん」は、ゆるキャラにもなっています。

  • だいこんのこれまでの使い方には、さんまにおろし、冬になるとおでんなど、定番が数々ありますが、新しいチャレンジも行われています。島根で登場した辛みだいこん品種「おろちだいこん」とか、だいこん入りハンバーガーとか…。三浦にはだいこんの焼酎もあります。鹿児島で製造しており、切り干しだいこんのような香りがします。ほかにだいこんシャーベット、だいこんケーキなどもあります。

  • 今日は、まだ番号だけで名前がついていない辛みだいこんをもってきました。おろしてしょうゆを少しかけ、ステーキの上にのせるとすごくおいしいですし、鍋に入れるとじゃがいものようにホクホクして、辛みとうまみがあるだいこんです。麻婆だいこんも絶品です。のちほどぜひ試食してみてください。

  • 現在、青首だいこん一辺倒になっていますが、地方品種や在来種の復活で、結果的には少量多品目になっていくのではないでしょうか。「ビタミンだいこん」のような緑のものもありますし、「紅しぐれ」はおろして酢やレモンをかけるときれいなピンク色になって料理がとても映えるので、鎌倉のお店がピクルスにしたり、能登の有名旅館でも使われています。味がしみやすく煮崩れしにくい30センチくらいのだいこんもあり、今後はこれらも増えてくるかもしれません。

  • 現在、 だいこん需要の6割が加工業務用です。求められる性質は、肉色が白いこと。昔と違い、中まで青い青首は漬けると黒くなるので漬物屋さんに嫌われます。さらに肉質が緻密でかたいこと、尻詰まりがよく円筒形であることも重視されます。

  • テレビ番組で、外国人が好む日本食の23位は京都の漬けものでした。特に好きな漬けもののトップは「べったら漬け」。かつてはだいこん特有のにおいが外国の方には受け入れられないといわれましたが、海外では珍しい甘い味の漬けものが非常においしいとのことで、2020年の東京オリンピックに向けてぜひ売ってほしいと思います。

  • 総務省の家計調査によると、宇都宮は餃子だけでなくだいこんも1位です。全国的に暖かい地方はランキングが低いようです。あまりおでんを食べないのでしょうか。宮崎県は漬けものだいこん、干しだいこんの大産地ですが、だいこんの購入金額が最下位です。

  • 今年12月1日に、宇都宮大学農学部の先生方とともに「13回だいこんサミット」を開きます。一般の方に、生産、流通、市場の方々の話を聞いて、想像をはたらかせてもらいます。だいこんに限らず、野菜全体の消費拡大につながってほしい、と思います。

  • 八百屋のみなさんも、だいこんはもちろん野菜の生産と消費にご協力お願いします。弊社のホームページ(http://tohokuseed.co.jp/)が新しくなりましたので検索してみてください。
◇質疑応答より

    Q:F1は雄性不稔の性質を利用しているということでしょうか? 無精子症とか言われていて、ちょっと心配なのですが…。
    A:雄性不稔というのは花粉ができなくなる性質で、自然のはまだいこんにも普通に混ざっています。雄性不稔は、ほかの花粉をもらうために、植物が残している性質です。自家不和合性と同じで、野生に存在するものを利用しているわけです。無精子症という言葉が独り歩きしていることや、タネを自家採種してもF2にしかならないので、問題とされているのだと思います。

    Q:種子法が廃止されて、遺伝子組み換えのタネが入ってくるのではないかといわれていますが、今後はどうなるのでしょうか? また、雄性不稔のF1ではないタネは一般にも買えるのでしょうか?
    A:種子法の廃止は、今まで国や県の試験場がやってきたイネ、ムギ、大豆などのタネの増殖を民間にもやらせるのがメインの目的です。野菜はすでに民間が育種を行っていますので、変わることはなく、問題はないと思います。遺伝子組み換えのタネには特許料が発生します。今、野菜の市場規模はさほど大きくないので、弊社を含め国内メーカーは、海外の会社から遺伝子組み換えの特許料を払ってまで育種することはしておらず、どこのタネも遺伝子組み換えではありません。今後、扱うところが出てきても、オープンにしなければなりませんから、「買わない」という選択はできます。

    Q:どこも採種の90%以上が海外と聞くと心配になるのですが、どういうところに委託されているのでしょうか?
    A:ヨーロッパ、アメリカ、ニュージーランド、オーストラリア、東南アジアなど。各地の採種会社と契約して採種しています。国内ではノウハウのある篤農家の方が少なくなりました。

    Q:伝統野菜のF1化について、少し詳しく教えていただけますか?
    A:伝統野菜を復活させたり、ずっと作り続けている農家さん、たとえば「桜島だいこん」の場合、タネを30粒くらい播いて徐々に間引いていき、収穫物を得ていましたが、それでも空洞症になったり割れたりして歩留まりが悪かったようです。そこで、空洞にならないものを選び出すのですが、近交弱勢が出て太らなかったりします。そこで、F1の雑種強勢現象を利用して、揃いがよく太くなって空洞にならない組み合わせを見つけるわけです。在来種の中から強いものを選んで親に仕立てれば、出荷できる歩留まりが高まり、農家さんが助かる、ということです。多様性を残すのは、別の作業として、県の試験場などがやっています。

    Q:「桜島だいこん」だったら、「桜島だいこん」同士をかけるのですか?
    A:そうです。その中でF1を作るので、秋田のいぶりがっこのだいこんも守口も同じです。

    Q:「大蔵だいこん」の生産者の方は、在来種とF1を作っているそうです。お客さまに説明するときにF1だとマイナスイメージになってしまうのですが…。
    A:F1は悪い、自家採種のほうががいいはずだと思っていませんか? たとえば普通の豆や苗は自家採種もできますが、なぜやらないかというと、きちんと発芽するようなタネを獲るのがむずかしいからです。F1だから味が悪いとかかたいということはありません。かつて白菜を根こぶ病に強くするために、かぶの遺伝子を入れたらかぶ臭いといわれましたが、育種が進んでいなかっただけで、今はまったくそんなことはありません。最初のイメージが悪かった。もしF1の「大蔵だいこん」がおいしくないなら、それに使ったタネがよくなかった可能性が高いと思います。

    Q:F1も自家採種もいいものを選抜しているのに、違いが出るのはなぜでしょうか?
    A:「大蔵だいこん」でいえば、世田谷で選抜していましたよね。F1の場合、たとえば宇都宮で選抜したら、その場が影響しますので、何かしらの違いは出るかもしれません。

 

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