■2017年12月10日 第9回 さといも・みかん 〜 講演「さといも」について 千葉県農林総合研究センター 鈴木健司氏
◇千葉県農林総合研究センターについて
  • 千葉県農林総合研究センターは、県の農業、林業に関する試験、調査、研究をしている機関です。千葉市に本場、北総に水稲・畑地園芸研究所、房総に暖地園芸研究所、山武市に森林研究所があります。
千葉県農林総合研究センター
鈴木健司氏
◇千葉県の農業について
  • 2015年(平成27年)のデータでは、千葉県の耕地面積は126,800haで、6割が水田、4割が畑です。農業産出額は4,405億円で、この年は全国4位でした。多いのは園芸品目で全体の48%、米13%、いも類5%、畜産31%。県としては、園芸品目で全国1位、全体で2位を目指しています。

  • 千葉県が全国ランキング1位の作物は落花生、なし、ねぎ、ほうれん草、枝豆、かぶなど。2位は鶏卵、さつまいも、だいこん、にんじん、すいか、さといも、花き類、びわなど。3位は豚、キャベツなどです。
◇千葉県の最近の主な育成品種
  • 最近では今年の1月に、大粒で甘く果汁が多いいちご「チーバベリー」を発表しました。ほどよい酸味もあるのが特徴です。

  • ジャンボ落花生「おおまさり」は、通常の落花生の2倍の大きさで、煎り豆用ではなくゆで豆用の品種。大粒で甘く、やわらかくておいしい落花生です。

  • オレンジ色の中玉トマト「ちばさんさん」は、ビタミン、カロテン含量が高いのが特徴です。

  • 早場米の「ふさこがね」は大粒で食味がよく、「コシヒカリ」の前に取れる品種です。

  • バラのように八重になる球根ベゴニアは、ピンク、薄い黄色、薄いだいだい色の3種類を「ファンタジーシリーズ」として販売しています。

  • さといもでは、大きくて丸い品種「ちば丸」を10年ほど前に育成しています。

  • 先月、登録名「千葉P114号」という落花生を発表しました。煎り豆用の品種で、見た目がきれいで甘みが強く、早く取れ、収量も多いのが特徴です。来年の秋から一般販売される予定で、すでにしめ切りましたが、愛称を募集し、新しい名前をつけて売りたい、と考えています。
◇さといもの来歴
  • さといもの起源は、インド東部から東南アジア半島内部、マレーシア半島にかかるエリアといわれています。一部は、マレー半島やインドネシアでさまざまな品種に分化して各地に広がっていきました。これらは親いもタイプです。もうひとつは中国の南部、雲南などで、温帯でも作れるような子いも用品種に分化して日本に伝わったとされています。つまり、親いもタイプは黒潮海流ルート、子いもタイプは中国大陸を経由した南島ルートをたどった、ということになります。

  • 日本にいつ来たかはっきりとわかっていませんが、稲作文化より前、縄文時代初期にはあったとされ、何回かにわたって伝わったようです。「和名抄」(931〜938年)にはさといもの名前が出てきており、すでに栽培されていたことがわかっています。

  • 日本で古くから栽培されているため、全国各地にさといもにちなんだ風習があります。中秋の名月を「いも名月」と呼ぶほか、「いも神さま」、「いもくらべ祭」(滋賀県日野町)、「ずいき祭り」(滋賀県野州町)など。千葉県では館山市の茂名(もな)地区で「茂名さといも祭り」が行われます。2月20日頃、十二所神社で、親いもを蒸し、大きな鉢に90個くらい積み上げて、五穀豊穣や無病息災を祈るお祭りです。このさといもは赤芽ですが、「セレベス」ではなく、千葉県で昔から作られていた「茂名いも」。黒潮ルートから伝わった文化を残していると考えられています。
◇さといもの生育
  • 夏場、8〜9月頃のさといも畑には、大きな葉っぱが繁っています。秋に掘ると、地面の中にさといもがたくさんついています。

  • 野生のさといもには、いちごのようなランナーが伸びています。現在のさといもは、ランナーが縮まったもので、栽培用に丸く品種改良されました。肥大した茎なので「球茎(きゅうけい)」と呼ばれます。分かれた枝が短くなって膨らむと子いも、孫いもになります。地上部にあるのは茎ではなく、葉柄、葉身です。

  • 野生のさといもは花が咲きますが、栽培品種はなかなか咲きません。

  • 熱帯原産なので、生育的には、気温が高い条件を好みます。

  • 種いもを植えると芽が伸びてきます。次第に茎の基の部分が太ってきて、これが親いもの元になります。その脇に子いも、孫いもがつきます。中晩性のものは10月くらいになると形ができるので、秋に収穫します。
◇さといもの品種
  • 「セレベス」、「石川早生」、「蓮葉(はすば)」、「土垂(どだれ)」などは子いもを食べる品種。「やつがしら」、「唐いも(とうのいも/別名:えびいも)」は親いもも子いもも食べる品種。「たけのこいも(別名:京いも)」は親いもを食べる品種です。

  • 利用する部分で品種を分けると、親いも用、子いも用、親子兼用。一般的に「さといも」というと子いも用品種です。「はすいも」はずいきを食べる品種。海外ではランナーや花を食べることもあるそうです。

  • 早生品種は「石川早生」、「石川小芋」のように名前で、親いも用、親子兼用品種も品種名や商品名で売られています。最近は在来種や地域ブランドさといもの品種名表示もみかけます。

  • 芽の色による分類方法もあります。「大吉」、「唐いも」、「やつがしら」は赤芽、「土垂」は白芽です。

  • 染色体の数による分類方法もあり、「京いも」、「唐いも」、「やつがしら」は2倍体の品種で、子いも用の品種や赤芽は3倍体の品種です。

  • 「石川早生」は九州西南部や南関東などで広く作られており、「土垂」も「埼玉土垂」の他にいろいろな地域で作られています。さといもは、地域固有の品種が多い。古くから日本で栽培されているので、各地域に適した品種が根づいているのではないかと思われます。

  • 熊沢三郎さんによるさといもの分類では、200ぐらいの品種を、「えぐいも」、「蓮葉」、「土垂」、「石川早生」、「黒軸」、「赤芽」、「しょうがいも」、「唐いも」、「やつがしら」、「みがしき」、「溝いも」、「びんろうしん」、「たけのこいも」、「沖縄青茎」、「はすいも」の15の品種群に分けており、現在もこれが使われています。

    えぐいも】「関西土垂」、「紀州いも」、「花いも」とも呼ばれ、寒さや乾燥に強い。花が咲きやすい品種で、多収性。国内各地にある石いも伝説は「えぐいも」が半野生化したもの。肌目がほかの土垂などとは少し違う。昔は千葉でも作られていた。

    蓮葉】葉っぱが蓮の葉のように上を向くことから「蓮葉」と呼ばれており、品種としては、「早生蓮葉」、愛媛の「女早生」などがこのタイプ。比較的孫いもが丸くて大きいものが多い。乾燥や高温に弱いので、うまく作らないと芽なし症という障害が出やすい。

    土垂】各地で作られている品種で、遺伝的に「蓮葉」と近いので中間的なものも多い。福井の「大野在来」、新潟の「帛乙女(きぬおとめ/品種名:大和早生)」、「大和早生」、「ちば丸」は丸形のもの。「愛知早生」、「善光寺」など、えび形のものもある。葉っぱが垂れるので「土垂」と呼ばれる。

    石川早生】早生品種。丸くて豊産性。大阪府の石川付近で発見された黒軸からの変異品種だと言われており、水晶症という障害が出やすい。

    黒軸】岩手の「双子いも」など、葉柄(軸)が黒紫色をしているもの。数は比較的少ない。丸くなる品種。

    唐いも】「えびいも」、山形の「からとりいも」などもこのグループに入る。「えびいも」は、唐いもの中で子いもの肥大のいいものを選んで栽培した品種。

    やつがしら】親いもと子いもがくっついたタイプ。「唐いも」と近縁で、葉が似ている。食味はホクホクとしてきめ細やか。

    赤芽】戦前は国内でもたくさん作られていたが、「セレベス(品種名:大吉)」がインドネシアから導入され、形が良くておいしいということで全国に普及していった。

    たけのこいも】「京いも」として宮崎県で多く生産。粉質で、地上部が大きくなる。子いも、孫いもは、太らないので食べるのには向かない。

    びんろうしん】台湾、香港などで栽培。親いもを食べる。断面に赤紫色の斑点があり、「びんろうじゅ」というヤシの木の実に出る模様と似ているので「びんろうしん」と呼ばれる。

  • 数は少ないのですが、品種登録されているさといももあります。府県で育成したものがほとんどで、1987年(昭和62年)の「泉南中野早生」から、2013年(平成25年)までの8品種。育種の方法は、かつては選抜、その後突然変異、最近では一部交雑による育種も行われています。

    選抜育種】「泉南中野早生」、神奈川県の「神農総研1号」、京都の「京都えびいも1号」は、農家の畑や試験場の中でいい系統を選んで育種されたもの。

    突然変異種】佐賀の「福頭」は「やつがしら」からの突然変異。「愛媛農試V2」は、「女早生」からの変異。「ちば丸」は軟X線をあてて変異させたもの。

    交雑育種】食用としては唯一、交雑育種したものが「媛かぐや」。「たけのこいも」に「やつがしら」を交配して作ったものの中から選抜。「ちびっこ物語」は観賞用。
◇「ちば丸」の育種
  • さといもの育種について、「ちば丸」を例にお話しします。「土垂」の種いもの芽の部分に軟X線をあててから畑に植えるといろいろなものができます。いもの形が長い、丸い、たくさんつく、つかない…など。その中からいいものを選び、また作って、いいものを選ぶ、と繰り返します。そのときの天候や畑の状態にもよるので、何年か作らないと安定しているかどうかがわかりません。

  • 安定しても、実際に産地で栽培するにはたくさんの種いもが必要です。何もしないと、「ちば丸」でもたまに丸くないものが出ます。それを除き、常にいいものを選んでいきます。そうしないと品種の特性維持がむずかしくなります。

  • いも類は、その土地や気候に適応するために自分で変わっていく性質を持っています。それを農業で利用するためには、常にいいものを選ぶ作業が必要です。ブランド化されているさといもも、産地の中でいい株を選び、増やしています。

  • 「ちば丸」は、10年前に販売を開始しました。なめらかでほどよい粘りがあり、さっぱりした味わいが特徴です。味が染みやすく、煮崩れもしにくいさといもで、さまざまな料理を作ってPRしています。
◇国内のさといもの産出額
  • 2015年(平成27年)の国内の栽培面積は12,500ha。面積も量も年々減少しています。ただ、販売額は横ばいで、単価は上がっており、一定の需要はあります。ある出荷組合長の方の話によると、スーパーなどでさといもの販促をしていると、青果ではなく試食販売用に加工したものを売ってほしいと言われる、とのことでした。消費者に食べてもらうためには、おいしいものを作るのは大事ですが、加工しないと、今の時代にはむずかしいのかもしれない、と感じました。

  • 東京中央卸売市場でのさといも販売額は、千葉は「石川早生」があるので8〜9月が多く、「土垂」、「ちば丸」、「セレベス」、「やつがしら」など、年末にかけても増えます。埼玉は、10月から年末にかけて多くなります。
◇千葉県でのさといも栽培
  • 千葉県の主要産地は八街市、富里市、芝山町など、火山灰土の畑(北総台地)を中心に栽培されています。

  • 早熟栽培の「石川早生」は3月に定植して8〜9月に収穫します。

  • 普通栽培については、4〜5月に植えて収穫は早いものでは9月ですが、11月が中心で、年明けのものは貯蔵してから出荷しています。

  • 途中で、追肥、土寄せが必要で、水が大切な作物なので、夏場のかん水は欠かせません。晩性の品種は秋になって収穫。機械化できるところは機械で、あとは手作業です。年明け以降は土の中に貯蔵し、随時掘り出して出荷したり、翌年の作付けに使用します。貯蔵の適温は8〜10℃です。

  • 地上部はいも虫がつくこともありますが、比較的、農薬を使わなくても作れる品目です。地下部に出る虫や病気(カビの一種)のほうが深刻で、適宜農薬を使うこともあります。

  • さといもは毎年続けて同じ畑では作れません。他の作物と組み合わせて、3〜4年のサイクルで輪作をします。

  • 「水晶症」は特に「石川早生」で出やすい障害です。養分を孫いもに持っていかれて子いものデンプンが少なくなり、水晶のように透明になります。養分欠乏、高温や乾燥で出る「芽つぶれ症」や、畑の乾燥が激しいと割れることもあります。
◇さといもの選び方と保存方法
  • 皮の縞がはっきりしていて、表面に亀裂やくびれ、腐りがないものを選びます。「青いも」と呼ばれる、角ばっていて緑色のものは避けてください。途中で生育が悪いとくびれたりします。

  • 適温は8〜10℃。床下など温度変化の少ないところに、新聞紙にくるんで保存します。掻き傷があると、そこから傷みやすいので気をつけてください。
◇質疑応答より

    Q:さといもを切ると断面に赤い点々が出てくることがありますが、理由は何でしょうか?
    A:時間が経つと切り口が赤みがかるのはある程度は仕方のないことなのですが、あまり赤かったりするのは、寒さの影響や、病気の可能性も考えられます。

    Q:2倍体、3倍体の違いを教えてください。
    A:動物は両親から半分ずつ染色体を受け継ぐので、染色体のセット数を2つ持っています。植物の場合はそのセットをいくつも持っていることがあります。偶数であれば分けられますが、奇数では分けらないので、3倍体、奇数のさといもは子供が作れません。「媛かぐや」は2倍体同士なので交雑できましたが、通常、2倍体のものはなかなか花が咲きません。なお、中国大陸を通ってきた子いもタイプには3倍体が多く、黒潮ルートの親いもタイプには2倍体が多いです。

    Q:「石川早生」の水晶症を防ぐことはできないのでしょうか? もしくは、出荷の際にはわからないのですか?
    A:症状が軽いとわからないこともあり、完全に除くのはむずかしいと思います。孫いもがついているものに多く、掻くと半透明なので、新鮮な掻き傷を見ればある程度選別はできます。ただ、1日経つとわからなくなるので、流通品(販売品)を見るときの目安としては、掻き傷の大きさと、縞模様の数でしょうか。たとえば、子いもは親いもについていた部分の掻き傷が小さいものほど、早い時期にいもができています。いもが大きければ古いとは限りません。「石川早生」の子いもは、早くできたいもほど水晶症になりやすい。特に、玉が小さい、掻き傷が小さい、三角のような扁平のいもは水晶いものリスクが高いです。また、さといもは、1つの株に、さまざまな生育期間のいもが混在しています。子いもと孫いも間の違いだけでなく、特に子いもは一つ一つ肥大しだす時期が異なります。孫いもを含め、縞模様の数が少ないほど、収穫時までの生育期間が短く若いと考えられ、若いいもを利用するほうが、水晶症のリスクが減ります。水に入れると水晶症状のさといもは浮く、という論文もありましたが、いもを濡らすとそのあと傷みやすくなるのでご注意ください。

    Q:市場でさといもを買うとき、箱の中のさといもを触って、土が湿っているものを選ぶようにしているのですが、正しいのでしょうか?
    A:市場関係者がそう言っているのをよく聞きますが、生産者からみると疑問です。流通での管理は乾きすぎない方がいいのでしょう。でも、収穫作業は、晴れたときに行うのが、基本ですし、収穫後は、湿気があると、掻き口の部分がとろけてきたり、いもの全体的にカビが生えたりするので、一度しっかりと、掻き傷やいも全体を乾かすことが必要です。

 

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