■2017年11月12日 第8回 やっちゃば秋葉原 学べるマルシェ
 公開八百屋塾 第2部
 「野菜摂取量とがんの関係〜データの真実と読み解き方〜」
国立がん研究センター
社会と健康研究センター 保健社会学研究部部長
 同 企画戦略局 国際戦略室室長

山本精一郎氏
◇はじめに
  • 今日は、野菜とがんの関係だけではなく、がん予防全体についてお話しします。

  • 資料として、われわれがやっている研究の紹介と、がん検診のパンフレット各種をお配りしました。対象年齢の方も多いと思いますので、ぜひがん検診は受けてください。

  • 世の中には、がんについての情報がたくさん出ています。有名人ががんになると、とたんに私ども「国立がん研究センター」のホームページのアクセス数が上がります。「このサプリメントがいい」とか、テレビの情報番組、新聞記事など、氾濫する情報の中で、みなさんは何を信じるでしょうか。今日は、その判断基準のヒントになる話もしてみたいと思っています。
国立がん研究センター
 社会と健康研究センター 保健社会学研究部部長
同 企画戦略局 国際戦略室室長  山本精一郎氏
◇がんの原因
がんの原因
  • がんの原因としてイメージされるものを挙げると、たばこ、ストレス、食品添加物、お酒・アルコール、野菜不足や塩分過多など偏った食生活、遺伝、環境ホルモン、大気汚染、肥満、魚や肉の焦げ、細菌やウイルス、放射線などでしょうか。しかし実際は多少異なります。

  • 日本人に関しては、「たばこ」が19.1%と最も多く、受動喫煙0.7%と合わせて約20%です。次に多いのが「感染」で18%です。がんがうつるということではなく、ピロリ菌は胃がん、B型肝炎やC型肝炎は肝臓がん、ヒトパピローマウイルスは子宮頸がんの原因になります。これらは原因がわかっているので予防しやすいともいえます。C型肝炎は一生で1回調べればいいとされています。次いで、「アルコール」が5.1%、「食事」2.3%、「肥満」0.7%。「身体活動」、つまり「運動不足」が0.2%です。がんは基本的には「加齢」の病気で、残りの5割は「加齢」によるものです。

  • アメリカでは、日本より「感染」が少なく、「食生活」が3割くらいを占めます。

  • 以上が最新のがん研究成果です。多くの研究を合わせた結果なので、信頼性が高いです。
◇どんな研究の信頼性が高いか
  • 研究にはいろいろな種類があります。試験管の中や動物実験で得られた結果や、理論的な結果が、複雑な人間の身体の中でその通りになるとは限りません。

  • 信頼性が一番低いのは、専門家の意見。専門家は専門外のことについては、必ずしも信頼できるわけではありません。次に、「ケースレポート」。何人かやったらうまく結果が出たというものです。それから、「ケース・コントロール研究」、「コホート研究」、「ランダム化比較試験」の順に信頼性が高くなります。複数あればなおよい、とされています。
どんな研究の信頼性が高いか
  • 乳がん罹患率の国際比較のグラフで、欧米諸国とアジア各国を比べると、欧米のほうが多い。ただ、ハワイやサンフランシスコで暮らす日本人は罹患率が高い。遺伝ではなく、環境、特に食べものが影響しているのではないか。アジアに共通していて欧米にない食べものというと、大豆ではないか。日本のしょうゆ、豆腐、おから、納豆、油揚げ、みそ汁など。中国や韓国でも、大豆製品は日常的に食べます。欧米では最近はやっているといっても、アジアほどは食べていません。そこで、実際に研究をしてみよう、ということになるわけです。
乳がん罹患率の国際比較
  • ケース・コントロール研究の「ケース」は患者さん、「コントロール」は比較対照という意味で、乳がんになった人となっていない人に何を食べていたのかを調査します。ごはんを1日何杯とか、納豆を何日に1回とか、平均的に何をどのくらい食べるか。喫煙や運動習慣なども調べます。この調査結果を比較して、乳がんになっていない人で多いものは予防的、患者さんのほうで多いものが原因ではないか、と考えるわけです。ケース・コントロール研究の問題点は、過去の食生活を聞くので正確に思い出せるか。また、患者さんとそうでない人で思い出し方は同じかどうか。乳がんの予防に大豆がいいと思っている人が多いと、患者さんは「食べていない」と言いがちです。
ケース・コントロール研究
  • より正確さを高めようとして行われているのが、コホート研究です。健康な人を何万人というレベルで集めて、10年後、20年後と追いかけます。そうすると病気になる人が出てきます。病気になる人、ならなかった人で、何が違ったのか、過去の質問票調査を元にデータを解析します。
コホート研究
  • 1990年(平成2年)からと1993年(平成5年)から始まった、全国の14万人を対象として行われているコホート研究(JPHC STUDY)があります。1990年(平成2年)に質問票に回答してもらった女性約2万人のうち、179人が乳がんになりました。みそ汁1日1杯以下、1杯、2杯、3杯以上で比較したところ、みそ汁をたくさん食べる人ほど乳がん発症リスクは低い。大豆製品についてははっきりした傾向はありませんでした。みそ汁と大豆製品を合わせてイソフラボンが何グラム入っているかを計算し、イソフラボン摂取と乳がんリスクを調べたところ、摂取が多いほどリスクが低い、という結果が出ました。
「みそ汁」と乳がんリスク
  • 同じ研究から報告された野菜とがんについてのコホート研究の結果をご紹介します。まず、野菜と胃がんについて。緑黄色野菜、黄色の野菜、緑黄色以外の野菜、果物で、ほとんど食べない人、週に何回か、ほとんど毎日食べる人を比較すると、ほぼすべてで、毎日食べる人のリスクが下がっていました。全然食べない人はリスクが高く、少しでも食べればいいのではないかと思います。 (http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/257.html)
  • 野菜・果物摂取と肺がんは、あまり関係がないという結果でした。世界的には、野菜をたくさん食べている人に肺がんが少ないというデータがあるのですが、日本人ではあまり出ていません。食物繊維と大腸がんもあまり関係がない。全がん、循環器疾患については、果物は脳卒中と心筋梗塞のリスクをかなり下げ、野菜はあまり関係がないという結果でした。前立腺がんは、野菜・果物とはあまり関係がありませんでした。

  • 食道がんは、野菜・果物ともにリスクを下げます。野菜の中でも、キャベツ、だいこん、小松菜といったアブラナ科の植物がもっとも関連がありました。イソチオシアネートという物質が含まれているためではないか、と考えられています。

  • 肝臓がんは緑の葉の野菜を食べるとリスクが下がる、という結果でした。カロテノイドが関係していると考えられます。ビタミンC摂取はリスクが上がりました。ビタミンCは鉄の吸収を促進するので、それがリスクを上げている可能性があります。ただ、肝臓がんは、肝炎を治療するとリスクが下がるので、そちらが優先です。

  • 糖尿病は、緑の野菜、アブラナ科の植物で少し関連がみられました。

  • BMIとは肥満度を表す数値で、次のように計算します。
    BMI=[体重(kg)]÷[身長(m)の2乗]
    ※身長はcmではなくmで計算
    男性は23を基準として、死亡率との関連をみると、30以上高い場合と、14以下の低すぎる場合がよくないことがわかります。女性は最近、低い人が多いのではないでしょうか。病気になると、痩せすぎは闘病生活に耐えられないこともあります。痩せすぎも問題だということを認識してください。
    (http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/250.html)
  • コーヒーと肝がんについての研究もされており、コーヒーを飲むと肝がんが減るのは確かだろう、といわれています。

  • コホート研究で何年もかけて大規模な調査をするのに、なかなか結果が出ないことがよくあります。乳がんにはたくさんの要因があり、全部は調べきれないとしたら、どうすればいいのか。「ランダム化」といって、そのコントロールができる方法があります。対象者を、コインで表が出たらA、裏が出たらBと、半分にふりわけます。1000人、1万人をランダムにすると、ほとんどすべての要因が均等にふりわけられます。Aには大豆をたくさん食べてもらって、Bにはまったく食べないでいてもらいます。薬の開発では必ずこれをしています。片方にはプラセボといって効果がない薬、もう片方には新しい薬を飲んでもらうことが多いですが、がんの場合は、片方に今ある一番いい薬、もう片方には新しい薬を飲んでもらいます。
ランダム化比較試験
  • 乳がんのランダム化比較試験で、大豆をまったく食べるな、というのはむずかしいので、イソフラボンをサプリメントにして片方に飲んでもらい、もう片方には偽薬(プラセボ)を飲んでもらうという方法が考えられます。ただ、きちんと飲んでもらえるか、そもそも野菜そのものを食べるのとサプリメントで摂るのは違うのではないかなど、さまざまな問題があり、がん予防に対する生活習慣のランダム化試験は世界でもあまり行われていません。

  • 非常に有名な研究をご紹介します。たばこを吸っているけれど野菜を食べている人は肺がんが少ないというコホート研究が数多くあり、何がいいのかを調べたらβ-カロテンではないか、と考えられました。そこで1万8000人の喫煙者を対象に、片方にはβ-カロテンのサプリメントを、もう片方には偽薬(プラセボ)を飲んでもらった。ところが、サプリメントを飲んだほうで肺がんが増えてしまった。これはまずい、と研究はストップしました。このような結果になってしまったわけで、野菜とサプリメントは違うということを認識していただきたいと思います。

  • いろいろな研究についてお話してきましたが、こういうことが、がんだけではなくすべての健康に関する研究でおこなわれています。研究では一つだけではなくいくつもあったほうがいい。野菜とがんについては、ランダム化比較試験はないので、今のところコホート研究が一番信頼できます。たくさんあればなおいい、ということになります。
◇エビデンスのまとめ
  • がんのリスクと予防要因を評価した一覧があります。「データ不十分」ばかりで、何かしら関連がありそうでも「可能性あり」とか「ほぼ」では、なんの推奨にもならないではないか、と思う方も多いでしょう。データ不十分なときはどうすればいいのか。メリットとデメリットを両方考えることが大事です。メリットが確実ではなくても、悪いわけではないとしたら、やったほうがいいのではないか、というふうに考えてはいかがでしょうか。
    ※がんのリスクと予防要因 評価一覧を見る(PDFが開きます)
    これは国立がん研究センターのグループが中心となり、これまで日本で行われた疫学研究をまとめた結果です。

  • 乳がん予防と運動のメリットは、世界でも日本でも「可能性あり」「ほぼ確実」で、他の疾患の予防にもなります。デメリットとして、激しい運動をしてけがをしてしまうのは問題かもしれませんが、適度な運動が悪いとのエビデンスはなく、好きな人はぜひやるべきだし、そうでない人も座っているよりは立っているほうがいい、と言う報告もあります。

  • 承認されていないがん治療には、エビデンスがありません。薬には副作用があると考えるほうが自然で、他の治療の邪魔をする可能性や不安な心理を利用される可能性もあります。承認されていないがん治療をやるべきではないし、やるのであればきちんとした臨床試験や治験をするべきです。日本では、いい治療は必ず保険診療の適応になっています。万が一ものすごくいい治療が世の中に隠れていたら、製薬会社が見逃すはずがありません。

  • がん検診もメリットとデメリットを勘案して、国として推奨しているのが、胃がんのエックス線と内視鏡、子宮頸がん、乳がんのマンモグラフィ、大腸がんの便潜血検査の5つです。最もエビデンスがあり、デメリットよりメリットが上回っているので、検診を受けてください、とすすめているわけです。

  • 日本人のためのがん予防法」として、国立がんセンターですべての証拠を集め、今、確実にいいとされているのは次の6つです。「たばこは吸わない」、「飲むなら節度のある飲酒をする」、「食事は偏らずバランスよくとる(塩蔵食品・食塩の摂取は最小限、野菜・果物不足にならない、飲食物は熱い状態でとらない(食道がんのリスクになる) )」、「日常生活を活動的に過ごす(立つだけでもいい)」、「成人期の体重を適正な範囲で管理する(太りすぎない、痩せすぎない)」、「肝炎ウイルスと感染検査(機会があればピロリ菌検査を)」。
◇質疑応答より

    Q:乳がんには糖分の摂りすぎがよくない、と聞いたことがあるのですが、本当ですか?
    A:糖分に関してはそれほどエビデンスがないと思います。甘いものを食べないほうがいいといわれるのは、太ったらよくない、という意味ではないでしょうか。普通に食べているぶんには大丈夫です。

    Q:アメリカのデザイナーフーズ計画では、にんにくが最上位に位置づけられていますが、この研究の信頼性はどうなのでしょうか?
    A:デザイナーフーズ計画を発表したアメリカ国立がん研究所は信頼できる施設です。確かに、にんにくがフューチャーされています。にんにくをよく食べるイタリアやスペインで結果は出ていますが、日本人に当てはまるかどうかはわかりません。食べ過ぎなければいいと思います。デザイナーフーズのピラミッドは、アメリカ人には当てはまるということだと思います。

    Q:今日お聞きしたような話を母親に伝えようとしても、「テレビではこう言っていたから」とか、聞いてくれないことがあります。うまく伝えるにはどうすればいいのでしょうか?
    A:お母さまがかたくなに信じていること、やっていることのメリット・デメリットを考えて、デメリットがなければいいのではないでしょうか。「テレビを見ていたら専門家が言っていたから」なのであれば、「国立がんセンターの先生がこう言っていたよ」と、専門家に対しては専門家で対抗するのもひとつの手かもしれません。

    Q:野菜1日350グラムを生でとるのは結構大変だと思うのですが、煮ものなどの料理、スムージーなどでもいいのでしょうか?
    A:われわれの研究結果は漬物やジュースも含めており、生に限定してはいません。ビタミンCなど加熱などにより失われてしまうものもありますが、1日の摂取目安としてはあまり細かく考えすぎず、生野菜も煮ものも漬物もジュースもトータルで350グラム、でいいと思います。

    Q:乳がんについて、検診を受けると発症のリスクが高まるという話を聞いたことがあるのですが、本当のところはどうなのでしょうか?
    A:検診による放射線の影響はゼロではありませんが、基準よりはずっと下なので、マンモグラフィを受けるとリスクが高まるというのは考えすぎです。検診をしている国のほうが乳がんは多いというのは、積極的に「見つける」からです。また、がんの中には、致命的な影響を与えないものもあります。たとえば前立腺がんはある程度の年齢まで生きた男性はほとんどかかりますが、直接的な死因にはあまりなりません。それより寿命が先に来るからです。甲状腺がんや乳がんにもそういうことがあります。検診に効果があることは確かですが、見つかった乳がんを取らなくてもよかったという人は必ずいる。ですから検診は40歳以上としています。現在の医学では、まだ、個々のがんに関して、それが致命的なものになるかどうかまではわかりません。

    Q:サプリメントなどで栄養を摂る人が増え、ものを噛む機会が減ると、なにか問題があるのではないかと思うのですが…?
    A:私は咀嚼については調べていないので、わかりません。何か言うと、「専門家の意見」になってしまうので控えます。素人としてはそうかもしれない、とは思います。咀嚼について研究をしている方はいると思うので、調べてみてはいかがでしょうか。

 

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