■2017年9月10日 第6回 ごぼう 〜 講演「ごぼう栽培の歴史及び品種・作型の分化・需要動向について」 (株)柳川採種研究会 盛岡研究農場 専務取締役 松川素彦氏
◇はじめに
  • (株)柳川採種研究会の本社は茨城県小美玉市にあります。最初は茨城でごぼうのタネを採っていたのですが、病気が発生するなど、関東ではいいものが採れなくなりました。北海道か東北に適地を求めたところ、たまたま岩手県滝沢市にご縁がありました。みなさんがよくご存じの小岩井農場よりもやや高いところ、標高450メートルの岩手山の麓に農場があり、私はそこで仕事をしています。専務という肩書きですが、ほとんど畑にいます。冬は、北海道、青森、茨城など各地に呼ばれて、ごぼうの栽培指導をしています。
(株)柳川採種研究会
盛岡研究農場 専務取締役
松川素彦氏
  • 私は以前から、野菜の評価を正しくしてくれるところは八百屋さん以外にはないのではないか、と思っています。 今、量販店が大勢を占めている世の中で、バイヤーさんと話をする機会もありますが、野菜の品質に関する話題はほとんどなく、価格の話ばかりです。一生懸命作ったものを評価してもらえないのは生産者側からすると非常に悲しいことです。
◇ごぼうの歴史
  • ごぼうが日本に入ってきた歴史や、いつごろから食べられるようになったかなど、詳細は資料をお配りしましたのでご覧ください。

  • 今、日本で食べられている野菜のほとんどは海外から入ってきました。私の会社では、ごぼう以外に三つ葉も作っていますが、三つ葉は日本固有のものです。ごぼうは、中国で薬草として漢方薬に使われていたものが日本に入ってきたという説と、シベリアからという2つの説があります。

  • 富岡典子先生の著書によると、ごぼうは最初に若狭湾に入ったのではないか、と考えられています。福井県から三重県にかけては、神社で「ごぼう祭り」が行われているところが多く、そのあたりからごぼうの栽培が始まったのではないでしょうか。

  • 野菜はその昔、「蔬菜(そさい)」といわれていました。そもそも野菜というのは野草だったわけで、野草が栽培されるようになって蔬菜になり、いつしか「野菜」と呼ばれるようになりました。
◇ごぼうの品種
  • 昔から有名なのは、「大浦ごぼう」です。千葉県匝瑳市で栽培され、成田山に納めるのに使われます。

  • 京都の「堀川ごぼう」は2年越しの栽培で、特殊な食べ方がよく知られています。今は「柳川理想」を植え直して「堀川ごぼう」にしているそうです。

  • 「柳川理想」は、「滝野川」という品種から選抜されたもので、弊社の初代社長である柳澤康雄が作りました。品種登録したのは1966年(昭和41年)ですから、50年以上続いている品種です。

  • 今日お持ちした中で一番新しいのは「てがる」という品種で、「柳川理想」を短くしたわが社の傑作です。かつて、柳澤康雄に、「長にんじんが五寸になったのだから、ごぼうも短くすることができるはずだ」と言われ、「大浦」ほど太くならないことも育種目標として作られました。にんじんは野生種と交配できますが、ごぼうはなかなか交配できません。花が上がってくるのと同時に雄しべが上がってくるので、一瞬のうちに受精してしまう。だから、F1品種もできません。でも、社長が絶対に短いごぼうを作れと言うので、突然変異を起こさせるためにX線をかけたごぼうを1ヘクタールくらい作りました。そのなかで、誰もものにならないだろう、と思っていたものから、短いごぼうができました。育種というのはそういうものです。苦労しただけに思い入れがある品種です。葉はそれほど小さくならないので、密植できず量は採れません。その分高く売れればいいのですが、そうはいかないところがむずかしい。短いごぼうが出回るようになったのは社長が亡くなってからです。今では安定して一定量売れる品種になりました。

  • 「常豊(つねゆたか)」という品種は、昔からある「山田早生」よりも早い品種として、選抜して作りました。
◇ごぼうはどうして食べられるようになったのか
  • 最近はアクがないごぼうが好まれる傾向がありますが、私は、昔から日本でごぼうが食べられてきた理由は、アクがあってポリフェノールが豊富に含まれているからだと思っています。ポリフェノールには、抗菌作用があります。梅雨は日本特有の気候で、特に山陰地方は梅雨の期間が長い。昔の人たちは、よく魚を食べていて、そのときにごぼうを使うと腐敗が遅れるのを知っていたと思います。「身土不二」といって、歩ける範囲で採れたものを食べるのがからだにいい、といっていたのも、本当にその通りだと思います。

  • 今でこそ、ごぼうにはひげが少なくなっていますが、昔、最初に作られたごぼうは根が太くて、木の枝みたいな状態だったのではないでしょうか。北海道の北大の植物園には原種が残っています。秋田県の武家屋敷にも昔からのごぼうがあります。もらってきたタネを自分で植えてみるとひどいものができました。昔の人はそれを食べたのですから、よほどお腹が空いていたのか、ごぼうのどこかに魅力を感じたのでしょう。ごぼうの茎は紫色が非常に鮮やかなので、その色かもしれませまん。特有の香りが今よりずっと強かったので、私は香りに惹かれたのではないかと思っています。昔は年貢の代わりにごぼうを納めた、という話もあるくらい、ごぼうは貴重な食べものでした。

  • ごぼうが地下で育つとき、土の中には虫、病気、微生物など、さまざまな外敵がいます。それらを寄せつけないで育つのですから、昔の人はごほうはからだにもいいはずだ、と感じたのでしょうか。ごぼうを食べていれば、下痢や便秘にならない、ということもわかっていたのかもしれません。今より昔のほうが、はるかに多くごぼうを食べていました。最近はあまり食べなくなり、しかも、やわらかいごぼうが好まれるようになっています。昔の人は音も楽しんだはずで、私としても、かたいごぼうをカリカリと音を立てて食べてほしい。ごぼうに限らず、さつまいもやほうれん草など、今はなんでもやわらかいものが好まれます。正しいもの、からだにいいものは何なのか、われわれも八百屋さんも、きちんと宣伝、教育する必要があると思います。

  • 私は、地域社会を守ることが大切だとつねづね感じており、食育のため地元の学校によく行きます。そのときは、あえて真っ黒でかたくなったごぼうを持って行き、「これがごぼうだよ」という話をします。小さい頃から教えることが大事だと思います。

  • ごぼうは年々消費量が減っていますが、幸いにして、加工品はわりと堅調です。1本売りのものが伸び悩んでいるのが、今、気になっていることのひとつです。

  • 八百屋さんでは、「ごぼう ○○円」と書いて売っていると思います。私は、できればトマトを「桃太郎」と書いて売るように、「柳川理想」など、品種名を書いてほしいと思っています。
◇月と農業
  • 私は日本中の農家にごぼうのタネを届けるために、毎年3ヘクタールほど作っています。失敗すると日本のごぼうがなくなってしまうわけですから、決して失敗できません。それが私に課せられた使命で、プレッシャーはあります。農場には神様もまつってあり、初代社長も、よく、「うまくいったのは神様のおかげだ」と言っていました。

  • 私は、月と農業には深い関わりがある、と感じています。昔から、木を切るときにも月の満ち欠けを見て、月がないときに切っていました。伊勢神宮の檜は、新月のときに切り、次の新月のときに枝を払う、というくらい徹底しているそうです。孟宗竹も満月の時に切ってはいけない、といわれています。畑のものはどうかというと、満月に芽が出てくるようにタネを蒔くのが一番いい、というのが私の説です。満月のときは確率70%くらいで晴れます。芽が出たときに光が当たると、徒長しないので、病気にならず、強くなります。日が照らないとヒョロヒョロで、最後まで病気との戦いになります。それが一番顕著に表れるのがねぎで、満月の頃に芽が出るとだいたい成功します。ねぎを作っている農家の人から相談されて、この話をしたとき、安心して栽培できた、と感謝されました。

  • 植物の多くは、光に反応して発芽します。太陽の光だけかと思うかもしれませんが、月の明かりが大事です。太陽は表面だけなのですが、月の明かりは地中深くまで入り込みます。だから、発芽に与える影響が大きい、といわれています。

  • 消毒するときも、満月に近い時期に殺虫剤を散布すると効果があります。満月は虫も活発に動くので、その時期を狙うと卵を産まなくなる。農業の鉄則です。みなさんも知識として知っておいてください。
◇終わりに
  • 8月末、岩手県滝沢で「産業祭り」が開催されました。私の地域はわずか77戸の世帯ですが、13名ほどでやっている小さな道の駅があり、「産業祭り」で産直野菜を売りました。2日で2万人もの人が来てくれました。子ども連れの若い家族や学生さんも多く、1人でも多く自分の店に来てもらいたくてあれこれ考えました。野菜の花の写真をパネルにして、花当てクイズにして、何点以上取ると枝豆1袋プレゼントとか、賞品をつけたら意外と反応がよかった。案外、野菜の花は知られていない、ということもわかりました。八百屋塾のみなさんも、11月にイベントを行うと聞いています。こうしたことを考えても面白いかもしれません。

  • 今回、八百屋塾で講演することになり、事前にホームページを見てみたところ、みなさんよく勉強されているな、と驚きました。これからもさらに勉強されて、八百屋さんが元気になっていただきたい、と思います。

  • 私どもの農場がある地区は姥屋敷というのですが、若い人が少なくて学校閉鎖との戦いをしています。地域が崩壊してしまうという危機感があり、将来を担う子どもたちのためにどうしても学校を残したい。数少ない若い人たちも、一生懸命、地域興しをしてくれている最中です。地域を守るためにはコミュニケーションが大事です。八百屋さんが「いらっしゃいませ」と言って、対面販売している姿は、いつまでも残していただきたい。この勉強会が何年も何年も続くように願っています。
◇質疑応答より

    Q:茎が紫色のごぼうの写真は、原種ですか?
    A:あれは「堀川ごぼう」の写真です。赤茎ごぼうはみんな紫色です。「越前白茎」、「葉ごぼう」などは白茎で、花は白かピンクです。ごぼうの花言葉は「私にさわらないで」。トゲトゲだからでしょう。「いじめないで」という花言葉もあって、これは、落語家が練習していて、うまくいかなかったときに、ごぼうで叩かれたのが由来、といわれているそうです。ちなみに、なすの花言葉は「真実」、だいこんは「潔白」。小さいうちから、こうしたことで野菜に興味を持ってもらい、野菜ファンを増やすのもひとつの手ではないか、と思います。

    Q:今日ここに並んでいるごぼうの中で、一番原種に近い、かたいごぼうはどれですか?
    A:原種に近いかたいごぼうは、今日はないと思います。岐阜県の「島ごぼう」が原種に近い品種でした。今は「岐阜早生」と呼ばれていますが、ほとんど栽培されていません。

    Q:洗いごぼうには、スが入りやすいのでしょうか?
    A:スが入るのはごぼうの特性です。特に日にちが経つと入りやすいので、洗ったからではありません。ごぼうはもともと皮の部分を食べるもので、真ん中には栄養価もあまりありません。スが入っているからよくないごぼうだ、というのは違います。スが入らない品種を作れ、と言われたこともあるのですが、そうするとポリフェノールがのらないんです。中国に「美白」というとても白い品種があって、形はごぼうですが、香りはしません。本来は日持ちもするし土つきで売るのが一番だと思いますが、そういったところから教育が必要ですね。調理前に洗いすぎないことも知っておいていただきたいです。

    Q:ごぼうを切ったときに赤いというクレームが来ることがあるのですが、傷んでいるのですか?
    A:ポリフェノールが酸化するとピンク色になります。傷んでいるわけではありません。栄養価が高い証拠だ、と説明してあげるといいでしょう。

    Q:ごぼうを育種するときの決め手になるのは味ですか? 見た目ですか?
    A:まず見た目です。あと、量が採れるか、揃いがいいかも大切です。味はそれほど変わらないので、育種段階で味を気にすることはあまりありません。

    Q:「大浦ごぼう」の真ん中あたりがふっくらしているのはいいものなのでしょうか?
    A:首が細くて真ん中が膨らむのがいい。それが「大浦ごぼう」の特徴です。

 

【八百屋塾2017 第6回】 挨拶講演「ごぼう栽培の歴史及び品種・作型の分化・需要動向について」勉強品目食べくらべ特別追加講演「江戸東京野菜」