■2014年2月16日 第11回 〜 講演「菜の花と新しいダイコンのお話」 (独)農研機構 野菜茶業研究所 野菜生産技術研究領域 石田正彦氏
◇農研機構について
  • 私が所属している野菜茶業研究所は、昔は農水省の研究機関でしたが、今は独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構の中にあります。現在、私はダイコンの品種改良に従事していますが、10年以上前にはナバナ、ナタネの品種改良にも携わっていました。ナバナ品種「はるの輝」は、私が育種に携わった品種です。

  • 農研機構の本部は茨城県のつくば市にあり、食料や農業、農村に関して専門に研究を行う研究所があります。また、北海道から九州まで各地域にも研究センターがあります。野菜茶業研究所の本所は三重県津市にあります。

(独)農研機構 野菜茶業研究所
野菜生産技術研究領域 石田正彦氏
◇ナバナとナノハナの違い
  • よく、ナバナとナノハナはどう違うのか、という質問を受けます。生産者、市場関係者、販売される方、消費者それぞれが各自のイメージで名称を使用している場合もあり、非常にややこしくなっています。

  • ナバナ(菜花)とナノハナ(菜の花)の違いについて説明します。まず、ナバナは、花蕾や花茎、葉を食べる菜類の流通上の通称で、「ナバナ」という植物は存在しません。一方、ナノハナは、当初はナタネ(アブラナ)の花を指していましたが、現在では、黄色いアブラナ属植物の花を指す言葉として、非常に大きなくくりで使われています。さらに、花だけでなく、野菜としての意味もナノハナに含まれるようになっています。ナバナという名称は三重県でネーミングされたものですが、現在では野菜名として全国区で認知されるようになりました。もうひとつ、ハナナは漢字で書くと「花菜」で、エディブルフラワーのことですが、観賞用のアブラナの花という意味もあります。

  • 広い意味では、アブラナ科アブラナ属の中で黄色い花が咲くものをナノハナといいます。春先、山手線周辺でも河川敷に黄色い花が咲きます。多くはカラシナの花だと思うのですが、一般にはナノハナといわれます。キャベツや葉ボタンの花も黄色いので、それを遠くから見たら、やはりナノハナだという人がいるかもしれません。それが広義の意味のナノハナです。

  • 狭義では、ナノハナは、アブラナ類、特に、在来ナタネの中で食用や観賞用として利用されているものをいいます。ハナナも同様です。一方、ナバナは、基本的に食用としての名称です。

  • ナバナの多くは西洋ナタネ類が利用されていますが、一部では在来ナタネも使われています。よく、紙で束のように巻いてあるものを「花蕾タイプのナバナ」といい、フィルムに入っているものを「茎葉タイプのナバナ」といっています。

  • ナバナには一般的にナタネが利用されますが、コマツナ、カブ、ハクサイ、チンゲンサイ、カラシナなどもナバナになり得ます。一例として、静岡県のメーカーでは、LEDで生育させたチンゲンサイをナバナとして利用し、「青菜花(チンサイファ)」という名前で売り出しています。

◇植物としての分類
  • アブラナ科アブラナ属の中には、アブラナ類、クロカラシ類、キャベツ類の3つの基本となる種(しゅ)があります。アブラナ類には、アブラナ、ハクサイ、カブ、コマツナなどが含まれています。クロカラシ類は、日本ではほとんど利用されていませんが、海外ではカラシとして利用されています。キャベツ類には、キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー、ケール、コールラビなどが含まれます。

  • アブラナ類とクロカラシ類の雑種が、カラシナ、タカナです。アブラナ類とキャベツ類の雑種が、セイヨウアブラナ。クロカラシ類とキャベツ類の雑種は、アビシニアカラシといって、エチオピアなどでキャベツのようにして使われています。

  • アブラナ科の花には4枚の花弁があり、おしべが6本、めしべが1本あります。それが十字の形をしていたので、昔は「十字科」と呼ばれていました。その中でも、アブラナ属は黄色い花を咲かせるのが特徴です。ダイコンもアブラナ科ですが、アブラナ属ではなくダイコン属で白またはピンク系の花を咲かせます。

◇和種ナバナと洋種ナバナ
  • アブラナ類の学名は「ブラシカ・ラパ(Brassica rapa)」といいます。その利用は、油糧用と野菜用の2つに大きく分けられ、搾油には子実を利用します。そのときの作物名が、在来ナタネです。一方、野菜用は総称としてツケナといわれ、花蕾、花茎を利用するものが、和種ナバナ(ナノハナ、ハナナ)、茎立菜、紅菜苔、菜心。葉を利用するものが、ハクサイ、シロナ、パクチョイ、チンゲンサイ、山東菜、タイサイ、ミズナ、コマツナ、広島菜、野沢菜、水掛菜(大崎菜)など。根(胚軸)を利用するものが、カブです。

  • セイヨウアブラナは、油用に利用するものが西洋ナタネ。花蕾、花茎を野菜として利用するものが、洋種ナバナ。根を利用するものが、ルタバガ(スウェーデンカブ)です。

  • アブラナ類は奈良時代以前から、「菜(な)」として野菜用に利用されてきました。飛鳥時代の『万葉集』にも「菜類」が登場しています。江戸時代前に油糧用のナタネが成立し、照明用の油として利用されていました。その後、食味や見栄えのよいものが、和種ナバナとして食用、観賞用に利用されるようになりました。

  • 明治以降に油糧用の西洋(洋種)ナタネが海外から導入され、在来ナタネに比べて種子の含油量が多いため、搾油用の中心になりました。現在、ナタネというと、西洋ナタネを指します。ただ、在来ナタネのほうが寒さに強いので、海外では現在も広く栽培されています。

◇市場におけるナバナについて
  • 在来ナタネは比較的こぢんまりしており、西洋ナタネのほうが樹勢が旺盛です。在来ナタネの花は花蕾の頂部に群生して咲きます。西洋ナタネは花蕾の頂部より下側で花が咲きます。西洋ナタネが観賞用にはほとんど利用されないのは、おそらく見栄えが悪いからだと思います。

  • 西洋ナタネの葉の色は、表面に白いロウ質のワックスがかかっているため、ややくすんだ白っぽい濃緑色をしています。一方、在来ナタネは、薄明るい緑色で、表面のワックスは目立ちません。

  • 「はるの輝」はワックスが非常に少ない品種なので、非常に鮮やかな緑色をしています。ナバナやキャベツをゆでると表面に白い膜が張ることがあり、よく消費者から問い合わせがあるのですが、それがワックスで、農薬ではありません。植物が虫や病気から自分を守るために作る成分です。

  • 和種ナバナには、「伏見寒咲き花菜」、「伏見ちりめん花菜」などの品種があり、これらは昔から京都で作られてきた、いわゆる地方品種です。「茎立ち菜」は福島県、山形県などで使われています。その他、「早陽1号」、「オータムポエム」は、種苗メーカーが育成した品種です。野菜は、品種名で流通するものはほとんどありません。イチゴやトマトなどは例外ですが、ダイコン、キャベツなどはまずないと思います。ナバナも同様に、一般には「ナノハナ」、「ハナナ」といった大きなくくりで販売されています。

  • 洋種ナバナには、「菜々みどり」、「はるの輝」、「三陸つぼみ菜」などがあります。地方品種の「長島在来」は主に三重ナバナとして使われています。「かぶれ菜」は新潟県のちぢれた葉のナバナ。「かき菜」は栃木県、「宮内菜」は群馬県、「のらぼう菜」は東京都や神奈川県で作られています。

  • 「はなっこりー」は、山口県の農業試験場で開発した品種です。中国野菜のサイシンとブロッコリーとの交配による人工的に作ったナタネで、植物学的には西洋アブラナの一種です。しかし、洋種ナバナとは違う新しい野菜という位置づけで販売しています。

◇ナバナの生産動向
  • 2008年(平成20年)の栽培は、千葉県が圧倒的に多く249ha、徳島県158ha、三重県127ha、香川県94ha。この4県で半分以上を占めています。三重県は茎葉タイプが主流で、その他3県は花蕾タイプがメインです。

  • ナバナは季節野菜で1月以降に急激に入荷量が増え、4月になると減少します。

  • 和種ナバナの束タイプのものは、蕾の大きさや花茎の太さを揃え、全て手作業で束にしており、手間暇がかかるため、高い価格で取り引きされています。

◇ナバナの栄養価
  • 五訂日本食品標準成分表のデータをもとに独自に算出したランキングでみてみると、栄養豊富な野菜ベスト20の中で和種ナバナは6位、洋種ナバナは14位であり、通常、野菜としてほとんど利用していない品目を除くと、それぞれ3位と8位になります。

  • ナバナは成分としては、カルシウム、ビタミンCが特に豊富で、その他の成分も平均的に含まれている非常に栄養価の高い野菜です。

◇今後の課題
  • 今後の課題としては、良食味で病害虫抵抗性品種の育成、洋種ナバナでのF1品種の育成、多収栽培法の確立、栄養価や機能性の解明などが挙げられます。

◇千葉県でのナバナ育種の取り組み
  • 現在、千葉県で行われているナバナ育種の取り組みを紹介します。アブラナ科の作物は、連作すると根こぶ病が発生します。名前の通り、根にこぶができ、水を吸収することができなくなって、生育が著しく劣り、ひどくなると枯死してしまいます。農薬もありますが、できれば利用しないほうがいいですし、100%効くわけでもありません。連作をやめて土壌を改良すれば被害はかなり軽減されますが、土地の問題で輪作は難しく、また生産者が高齢化していることもあり、ほとんど対応できていません。また、抵抗性品種が罹病化するといった深刻な問題も抱えています。

  • 野菜茶業研究所では、ヨーロッパの飼料用カブの中に、根こぶ病に強い素材をみつけました。これをもとに、交配により抵抗性の遺伝子を入れたハクサイ品種「あきめき」を開発しました。同様にナバナにこの抵抗性遺伝子を入れれば、病気に強い品種ができるのではないかということで、千葉県と種苗会社、野菜茶業研究所との共同研究をすすめています。すでに根こぶ病に強いF1系統を育成しています。蕾が濃緑色で蕾小さく揃うなどナバナとしての形質にもすぐれており、数年後には市場に出せるよう、研究を続けています。

◇新しいダイコンの開発
  • 私はいま、におわず黄変しないダイコンの開発を進めています。タクアンは黄色くて、独特のにおいがあるのが特徴ですが、最近はそれをあまり好まない消費者が増えています。タクアンは着色しなくても自然に黄色くなります。その黄色があまりきれいではなく、光に当たると分解してくすんでしまうので、商品として販売する際は多くの場合着色します。合成着色料が使用されることも多く、そのこともあって消費者から敬遠されてしまいました。また、弁当を電子レンジで温めるとき、入っているタクアンのにおいが気になるといわれます。また、食べきれなかったタクアンを冷蔵庫に保存すると、移り香が問題になります。タクアンが食べられなくなった主因は、米の消費量の減少が一番だと思いますが、色やにおいの問題も、要因のひとつになっています。

  • 現在流通しているダイコンの60%は加工業務用途で使用されています。大根加工品の品質上の問題点を挙げると、タクアンはで色とにおいが問題となることがあります。冷凍のダイコンおろしやおろしのドレッシング、日持ちサラダなども、貯蔵していると黄色くなり、タクアン臭の発生が問題となります。また、切り干し大根は、乾燥したときに色がくすむとか、給食、病院などで大量にもどすときににおいが問題になることがあります。

  • ダイコンには、4MTB-グルコシノレートというイオウを含んだ成分が入っています。おろしにしたり、切ったり、漬け物にしたりすると、ミロシナーゼという酵素によって分解され、4MTB-イソチオシアネートになります。これがダイコンの辛み成分です。わさび、からしなど、ほかのアブラナ科の野菜にも、種類が違うグルコシノレートが含まれており、分解されると独特な辛みが出てきます。

  • 4MTB-イソチオシアネートはダイコンにしか含まれていない、特有の辛み成分です。ほかの辛み成分と違って不安定で、すぐに分解が始まります。ダイコンおろしを置いておくと気が抜けてタクアン臭がしてくるのはこのためです。4MTB-イソチオシアネートが分解されると、メチルメルカプタンという臭気成分が放出され、最終的にTPMTという黄色色素に変化します。タクアンの色とにおいは、4MTB-イソチオシアネートの分解により生じたメチルメルカプタンとTPMTに由来します。

  • これまで、4MTB-グルコシノレートを含まないダイコンは世界的にも見つかっていませんでした。そこで4MTB-グルコシノレートを含まないダイコンを探索したところ、関東近辺で以前栽培されていた漬物用のダイコン品種の中に見つけることができました。このようなダイコンでは、4MTB-グルコシノレートのかわりにグルコエルシンという成分が入っています。この変異体をもとに育種素材用の品種を作り、4MTB-グルコシノレートが入っているかいないかを簡単にチェックできるDNA診断マーカーを開発しました。現在は、実際に栽培利用できる品種を育成しているところです。
  • ダイコンおろしを1年間冷凍してみました。通常のダイコンで作ったものは黄色くなり、においが発生しましたが、4MTB-グルコシノレートを含まないダイコンおろしでは、まったく変色せず、辛みが残っていました。切り干しダイコンでは、水でもどしたとき、メチルメルカプタンが1/40程度しか発生しませんでした。このようなダイコンでタクアンを作れば、弁当にタクアンを入れて、電子レンジにかけても、においを防ぐことができます。

  • いま、4MTB-グルコシノレートを含まないF1品種として、「安神交1号」、「安神交2号」という系統を作っています。1号はタクアン用、2号はその他の加工業務用です。また、2号は生で食べても非常においしく、柿のようなカリカリとした食感で甘みもあるので、生食のサラダにも充分使えると思っています。2016年度ぐらいから流通させることができそうですので、そのときは是非ご利用ください。

◇質疑応答より

    Q:新しいダイコンのもとになったのは何という品種ですか?
    A:埼玉県で昔から作られていた「西町理想」という品種です。

    Q:「西町理想」はどうやって見つけたのですか?
    A:研究所にはジーンバンクといって、ダイコンに限らず、何百、何千というタネのコレクションがあります。650品種くらいのダイコンを分析して、その中からたまたま「西町理想」を見つけました。

    Q:年中出回っているアブラナ科の野菜もありますが、ナノハナの旬は春だけですか?
    A:ナノハナは蕾の部分を食べる野菜なので、早春〜春期が旬となります。アブラナ科の野菜の旬は、本来、晩秋から春にかけてです。キャベツやダイコンは年中必要な重要野菜なので、品種改良をして、どの時期でも利用できるようになっています。ナバナは需要が少なく、まだ品種改良がすすんでいません。

    Q:「スティックセニョール」、「アスパラ菜」、「チーマ・ディ・ラーパ」、「つぼみ菜」もナバナの一種ですか?
    A:「スティックセニョール」はナバナではなく、ブロッコリーです。「アスパラ菜」は、「オータムポエム」と同一のもので和種ナバナの一種ですが、ブランド化の一環で産地によっては「アスパラ菜」という名前をつけて販売しています。「アスパラ菜」といってもアスパラがトウ立ちしたものではありません。「チーマ・ディ・ラーパ」は、イタリアのアブラナです。「ラーパ」というのはもともとカブのことですが、カブがトウ立ちしたものではありません。ふきのとうタイプの「つぼみ菜」は、カラシナのわき芽を収穫したものです。

    Q:和種ナバナと洋種ナバナの違いは、ワックスが出ているかいないかで判断すればいいのでしょうか?
    A:和種ナバナと洋種ナバナは、植物的に別のものです。大まかな見分け方としてワックスが目立つかどうかという方法があります。カラシナ、アブラナ、西洋アブラナは、花茎に着く葉のつき方が違うため、それで見分けることもできます。

    Q:「かき菜」、「おいしい菜」に味の違いはありますか?
    A:食べ比べたことがないのでわかりません。どちらも洋種ナバナで大きな味の違いはないと思いますが、風味などに違いがあるのかもしれません。

    Q:ダイコンの色やにおいをなくすと、殺菌作用などのはたらきも失われてしまうのですか?
    A:辛味成分がなくなったわけではなく、別の安定した辛味成分に置き換わっただけで、辛みはあり、むしろ持続する性質があります。従来のダイコンよりも殺菌作用などが期待できるかもしれません。

    Q:ダイコン、カブは肥大した部分より葉のほうが栄養があるのですか?
    A:そうです。ですから葉を捨ててしまうのはもったいないのですが、産直や個人の家庭菜園の場合は別として、生産者が葉をきれいにして鮮度を維持したまま出荷するのは大変です。葉をつけたままにしておくと、本体の水分が失われ糖度が減少することもあります。肥大部にもビタミンや消化酵素などが含まれており、栄養がないわけではありません。

    Q:ダイコンは加工の割合が増えているそうですが、品種を作る際もそれに適したようなものが多くなるのでしょうか?
    A:日本には種苗メーカーが多数あり、基本的には生産者の要望に添った品種を開発しています。加工用のダイコンは単価が安く、生産者も積極的には栽培しないため、品種開発も進んでいなかったのですが、今後は加工業務用に向く品種がどんどん開発されてくると思います。

 

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