■2013年11月17日 第8回 〜 講演「だいこんの品種、特性、魅力と可能性」 神奈川県農業技術センター 北浦健生氏
◇だいこんの来歴
  • だいこんの原産地は、コーカサス、中央アジア、中国など諸説ありますが、基本的には不明です。紀元前2000〜4000年、エジプトのピラミッドを作っている人たちに、たまねぎ、にんじんとともにだいこんが給料として与えられていた、という記述があります。

  • 日本には、中国から入ってきたといわれており、『日本書紀』に記述があることから、720年より前には入ってきていた、と考えられています。
神奈川県農業技術センター 北浦健生氏
  • だいこんの学名は、「Raphanus sativus」。「Rapha」は「よく育つ」、「Sativus」は「栽培されている」という意味です。

  • だいこんの英名は、「radish(ラディッシュ)」。これは、ラテン語の「ラディックス=根っこ」に由来しています。

  • 日本では、古くは「おおね」と呼ばれており、大きな根っこという意味で「大根」という字があてられ、のちに「だいこん」という呼び名になったといわれています。
◇だいこんの品種
  • 守口だいこん、桜島だいこん、聖護院だいこん、三浦だいこん、方領(ほうりょう)だいこん、大蔵だいこんなど、だいこんにはさまざまな品種があります。大きいもの、小さいもの、円筒形のもの、丸いもの、長いものなど、大きさや形に、さまざまなバリエーションがあります。

  • 現在、だいこんの9割9分を占めているのは、青首だいこんと呼ばれるもので、品種群としては「宮重(みやしげ)」です。宮重だいこんは真っ直ぐで、根の上部が1/3ぐらい土の上に出ます。一方、三浦だいこんは、一部がふくらんだ形をしており、ほとんど土の中に入ってしまうため、抜くのが大変です。宮重は抜きやすく、出荷もしやすいので、9割9分を占めるまでになったと考えられます。

  • 今、青首のF1品種が主流で、そのスタートは昭和50年代だといわれています。女性が社会進出して、料理に時間をかけられなくなり、野菜の消費量が減少している中で、青首だいこんは、火が通りやすく、辛みもあまりなくて、大きさもちょうどいいことから評価され、現在に至っているのではないかと思います。

  • 生産者の側からすると、F1品種は形質の揃いが良く、生育が早いので、栽培の回転がよくなる、といったメリットがあります。また、昔は、生長がよくないや異形のものを間引く必要がありましたが、F1品種で形質が均一になりましたから、3本生えていたところを1本にするだけでいいので作業がラクになりました。

  • タネ屋さんは、販売したタネで自家採種されてしまうと自分たちが作った品種の権利が確保されないので、F1品種にするわけです。

  • F1とは雑種第一代のことです。Aという親とBという親を掛けたものが優秀であれば、それがF1品種として使われます。F1から採種するとF2という世代になり、AとBの形質が3:1に出現したり、1:2:1に出現したりして、F1世代で揃いがよかったものが、F2世代では悪くなってしまうので、そのタネは使えないということになります。逆に、固定品種は、親があまり揃っていませんから、近交弱勢(近親交配で弱いものが出てきてしまう)を回避するために、ある程度バラバラな中からタネを採って品種が維持されています。

  • F1は、自分の花粉がかかったタネが混ざると、弱いものが出現してきてしまうので、2つの親の間でしか交配できないようにして、良いタネを採ります。そこで利用するのが自家不和合性と雄性不稔性という性質です。

  • 自家不和合性とは、自分のめしべに自分の花粉がかかっても種子ができないという性質です。その種子のできない程度には、タネが全くできないもの、少しできるものまで巾がありますので、ほとんどできないものを親に使って、2つの親の間からしかタネが採れないようにします。

  • もう一つの雄性不稔性とは、タネを採るほうの親に利用する、花粉ができないという性質です。Aの親からタネを採るためには、Bの親の花粉が必要になります。

  • F1品種を採種するには、親の系統をそれぞれ維持する必要があります。また、親を揃えすぎると弱くなってしまうので、それを回避するために、親に対してもまたF1を作ることがあり、その場合には、F1を採るためには、4つの系統が必要になります。

  • かつて、三浦半島で作られていた三浦だいこんは、あっという間に青首だいこんにとって替わられました。昭和54年(1979年)の台風20号で大きな被害を受けた三浦だいこんの畑に青首だいこんを播き直したことがきっかけで、約3年ですっかり青首だいこんが主流になりました。青首だいこんは片手で抜くことができ、箱詰めも出荷もラクだったこともあると思います。ちなみに、台風20号はものすごい勢力で、未だに中心気圧の記録を持っているそうです。

◇だいこんの根形の遺伝
  • われわれは、野菜の品種改良をしています。だいこんの場合、長いものと短いもの、あるいは丸いものと真っ直ぐなものを掛けるとどうなるのか、それが育種の重要なポイントのひとつです。

  • 根の形がどのように遺伝するのかについて、画像解析という手法で解析が進められました。それによると、「大きさ」については超優性という、形質が両親を越える遺伝様式をとり、「形」については部分優性といって、両親の形質の間になる遺伝様式となるので、「大きさ」と「形」の改良は別々に改良を考えなければなりません。

  • トマトの例では、尖ったタイプと丸いタイプの個体で掛け合わせると、次の世代は中間的なものができ、その次の世代はまた元に戻ります。こうした傾向があることをひとつの指標にしながら、品種改良の中で選抜を進めていきます。だいこんについても同じことがいえます。
◇だいこんの特性
  • だいこんは、基本的に、秋に種子を播いて冬から春に収穫する栽培が多いのですが、これは、だいこんに、寒さに遭遇した後に日長が長くなると花が咲く性質があり、花の咲く前に収穫しようとするためです。

  • 冬にタネを播いて4月の終わり頃から採ろうとする場合、播種時期からトンネルやマルチをかけて、寒さにあたる時間を減らし、4〜5月に収穫できるようにしています。

  • だいこんは、根が肥大したものです。にんじんやビートも同様に根が肥大しますが、肥大する部分が違います。だいこんは、木部と呼ばれる真ん中の部分が発達します。にんじんは回りの組織が肥大し、ビートはそれが層状になっています。

  • まれに出る「す入り」は、老化現象です。中まで充分に栄養が行き渡らず、時間が経つと起こります。品種間差もありますが、収穫をあまり延ばさないことが大切です。

  • 根が割れるのは、土が乾いたり湿ったりを繰り返したために起きる現象です。表皮のかたくなったところに水がかかると割れてしまいます。

  • 二股などに分かれてしまうのは、未熟な堆肥や石などと接触して起きることがあります。

  • 中が青かったり黒かったりするのは遺伝的なものが関与し、品種により出やすさに違いがあり、今、解析を進めているところです。

◇だいこんの機能性
  • だいこんには辛み成分が含まれています。細胞の中にあるときは、糖とイオウが結合した形のグルコシノレートという配糖体として存在しており、細胞が壊れると、それにミロシナーゼという酵素が作用して、辛子油と糖とイオウになり、辛みが出てきます。

  • 辛子油の本体がイソチオシアネートで、アブラナ科全般に含まれるものですが、作物によって形態が異なります。だいこんの場合、MTBIというものが主要で、抗変異原性を示すといわれています。

  • レディサラダ、紅芯だいこんなどには赤い色素のアントシアニンが含まれています。ポリフェノールの一種なので、さまざまな機能性が考えられます。

◇神奈川県におけるだいこんの育種
  • 神奈川県の農業産出額は全国36位ですが、野菜だけをみると17位です。野菜の比率が1/4ぐらいを占める県が多いのですが、神奈川県の場合は野菜が50%を超えています。品目としては、小松菜、だいこん、キャベツ、かぼちゃ、ほうれん草などが多く作られています。

  • われわれは、栽培、品種改良、過去の品種の検証などをしています。市場出荷、契約取引、直売所、それぞれで栽培試験や品種改良の目的を変えています。大手の種苗メーカーは大産地向けの品種改良を行っているので、われわれは、地域に適した特徴的な品種を栽培しやすくするために改良を進めています。

  • 直売所は、新鮮さが魅力ですが、もっと特徴を出していかなければいけないということで、一見して違いがわかるような品種、例えば、「湘南一本」というねぎや、「サラダ紫」というナス、「ポモロン」というトマトなどを作りました。だいこんは、白首で総太りの「湘白」という品種を育成しています。

  • 「湘白」は、横浜植木との共同育成品種です。まだ試作段階ですが、根部は総太りで、葉の生育は非常に旺盛です。特徴は、甘さがあり、かたくて煮崩れないこと。他のだいこんと糖度を比較したところ、分析結果ではたいした違いが出ませんでしたが、食べるとかなり違いを感じました。総合評価が高かった色と甘みを特徴として出していきたいと思っています。

  • 今、伊勢原など県内各所で栽培をしています。今後の試作により、生産者からの反応を集めながら、ひとつの品種になればいい、と考えています。

  • 白首の三浦だいこんは、なます、だいこんおろし、煮物用などとして、暮れを中心に根強い人気がありますが、生産者にとっては収穫作業が非常に大変です。われわれは、今日や明日の近い問題を解決しながら、さらに先の問題も見据えつつ、開発に取り組んでいます。「湘白」が三浦半島という日本一の冬だいこんの産地にどれぐらい入れるかはわかりませんが、直売の品目のひとつとして伸びてほしい、と思っています。
◇質疑応答より
    Q:F1のようなタネが採れないものを人間が食べることに対して何か心配はないのでしょうか?
    A:花粉ができないのは、あくまでも、作物が持っている変異のひとつですから、われわれが食べている野菜の成分に影響することはありません。また、農薬を使用しているとしても、それが残留しているかどうかは厳密にチェックしています。使用量、回数などを守っていれば、薬剤の残留はありえません。

    Q:今後、遺伝子組み換えのだいこんが出てくる可能性はありますか?
    A:だいこんの遺伝子組み換え技術がかなり難しいことと、日本の場合、遺伝子組み換え育種にコンセンサスが得られていないことから、まだ研究されていないと思います。今、病気に強い遺伝子はすぐに見分けられるので、それを育種の効率化や、従来の育種方法のサポートなど、組み換えではなく、遺伝子を使った技術として使われる方向にあります。遺伝子組み換えのだいこんが出てくるとしても、相当先の話だと思います。

    Q:大手の種苗会社は大産地向け、県は地産地消用とのことですが、他県も同じようなことをしているのでしょうか? 育種の目標が同じだと、品種がかぶったりするのではないかと思うのですが、棲み分けはどうなっているのでしょうか?
    A:似たようなことをしている場合もありますが、県ごとに育種のスタンスは違います。地のものがローカルフードとして注目されるとしても、作りにくいと生業として成立しませんので、それぞれの地域でずっと作られてきた品種を作りやすくしていこうとしています。野菜は品目が多く、各地でいっせいにだいこんだけを育種するわけではありません。各県ごとに特色があると思います。

    Q:だいこんの成分の効能をもっと高めることはできますか?
    A:イソチオシアネートは変異性に対抗する物質ですが、品種によっても違います。イソチオシアネートは辛いので、消費者が辛いだいこんを受け入れるかどうか…。嗜好性と機能性が同時に成り立たなければ商品になりません。野菜を薬として食べるのか、おいしい食べ物なのか、そのとらえ方にもよると思います。

    Q:地方にあるねずみだいこん、あざきだいこんなどはすごく辛いだいこんで、イソチオシアネートが多いと思うのですが、その土地の気候や土による部分があるのでしょうか?
    A:気候や土の影響は大きいと思いますが、生育がよいと機能性成分が増えるかというとそうでもなく、逆に、減少することもあります。また、そのだいこんを違う地域で作ったらどうなるかというと、実際に作ってみなければわからないですね。

    Q:だいこんは夏と冬でずいぶん違い、夏場は水っぽいですが、今後、それが改良されることはありますか?
    A:夏場に水っぽくなるのは仕方ない部分もあって、なかなか難しいと思います。

    Q:聖護院だいこんは伝統野菜だったのですが、今、F1で作られるようになっている、と聞きました。種を残していくためには仕方ないのでしょうか?
    A:ひとつには、注目されているだけに権利を守りたい。固定種のタネを採るのは難しく、いいものからいいタネが採れるとは限らないようです。しかも、作物によって違いますから、採種技術を継承するのは至難の業で、企業としてやるのは難しい。F1であれば、交雑の組み合わせを考えて、その中でしっかりしたものを作れば、誰が作っても変わりません。そういう意味では、F1は重要な技術だと思います。

    Q:だいこんは冬のものだったのに、一年中採れるようになりました。ほかの野菜もそうですが、本来の旬ではない時期に食べることで何か人間に影響はないのでしょうか?
    A:野菜の技術の歴史をみると、ものがない時期にいかに作っていくか、それが江戸時代から続いているわけです。季節外れのものを食べたいという願望が消費者にあるので、それにあわせて開発をしてきましたが、温室でだいこんを作るとか、無理なことはしていません。品種改良だとかトンネルをかけるとか、簡易な方法でできる範囲なので、限界があります。野菜の場合、作型が変わったからといって、たとえば、花粉症などのアレルギーに関係しているとは思えません。そこまでご心配いただかなくても大丈夫ではないでしょうか。

    Q:今、温度上昇が激しくなっていますが、5〜10年先の温度変化なども考えながら、品種改良をすることはあるのですか?
    A:温暖化だけでなく、このところ雨の量も尋常ではありません。たとえば、11月半ばに霜が降りることを想定して作られているものなのに、12月になっても暖かいと、すぐにトウが立ちかねません。まず、栽培面で、今やっていることの検討を行っています。育種については、まだそこまでいっていないのが現状です。今後、温暖化なども考えながら進めていきたいと思います。

    Q:新潟に住んでいた頃、雪に埋まっていただいこんを掘って食べたらすごく甘かったことを覚えています。寒さが強いと糖度が増すと思うのですが、何℃まで、という限界はあるのでしょうか?
    A:冬の作物は、温度が下がるに従って糖度を高め、自分を凍りにくくして適応しています。ただ、凍ると傷んでしまうので、凍らないギリギリの温度が限界でしょう。品種によって、寒さに強いものと弱いものがあるので、その品種ごとに限界があると思います。

    Q:今まで育種をされてきた中で、神奈川県の自慢の野菜は?
    A:この時期だと、長ねぎの「湘南一本」がおすすめです。季節は終わってしまいましたが、なすでは「サラダ紫」、トマトは「ポモロン」。「ポモロン」には赤と黄色があり、長細い品種です。生食・調理兼用で、加熱すると非常においしくなるのですが、生で食べてもおいしいトマトです。
 

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