■2013年8月18日 第5回 〜 講演「パプリカについて」 (株)Tedy 代表取締役 林俊秀氏 |
◇はじめに |
- 私どもは、茨城県の水戸でパプリカを生産しています。
- 越冬作型なので、今は出荷がなく、温室が空っぽの状態です。タネをまいて苗を育てているところで、お盆過ぎに定植し、11月末に収穫の走りが始まり、暮れに本格的な出荷シーズンを迎えます。真冬を超えて、翌年の梅雨時まで収穫、という作型を繰り返しています。
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◇パプリカの植物的な概要 |
- パプリカもピーマンも、とうがらしの仲間です。ナス科の多年草ですが、日本では、冬に霜が降りると枯れてしまい、1年で終わります。温度、水、肥料など、条件さえ整えば、2〜4年と続く作物です。
- 学名は、「Capsicum annuum」。原産は南アメリカで、コロンブスがヨーロッパに持ち帰ったのが始まりだといわれています。東ヨーロッパのハンガリーで育種が進みました。
- 最初の頃は、とうがらしに近い辛みの残るものでした。その辛みのもとはカプサイシンという成分で、劣性遺伝だそうです。それが表に出ないものを選んで品種改良をしていったのがパプリカです。
- パプリカの代表的な形、ベルペッパーは、オランダの種苗会社によって育種されたものです。ハンガリーで作っているのは、牛の角のような形のずんぐりとしたものが多いです。
- フランス料理などのシェフから、「パプリカは粉状の香辛料のこと。まぎらわしいので、野菜にパプリカという名前を使わないで」といわれたことがあります。ハンガリー料理には、香辛料のパプリカを使った「グヤーシュ」というスープがあります。日本でいうけんちん汁のようなもので、さまざまなバリエーションがあります。
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◇パプリカの色について |
- パプリカには、さまざまな色のものがあります。一般的なのは、赤、黄、オレンジ。未熟な段階でとった緑色のパプリカもあります。輸入のパプリカも約7割が赤、約3割が黄色で、オレンジは3〜4%だと思います。
- 変わったところでは、白、紫、茶色、ライムグリーンのような淡い黄緑色のものもあります。茶色いパプリカは、食欲をそそる色ではありませんが、味が濃厚で食べると非常においしいものです。
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◇パプリカの形について |
- スペインなどで多く作られているのが、ラムーヨというタイプ。ピーマンを肉厚にしたような大型のもので、1個250〜300グラムもあります。日本には入ってきていません。
- 牛の角のような形のものは、ホルンタイプ。甘みがあっておいしいのですが、水が不足すると尻腐れになりやすく、日本では作りにくい品種です。ハンガリーでは、ホルンタイプや、もっとずんぐりした形のものが多いです。
- つぶれたような形のハンガリアンタイプは肉厚でおいしいのですが、見た目があまりよくありません。バリエーションのひとつです。
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◇パプリカの呼び方について |
- イギリスでは、ペッパー、レッドペッパー。オーストラリアやニュージーランドでは、カプシカム。アメリカでは、ベルペッパーと呼ばれます。
- 日本では、今はパプリカという名前が主流ですが、ジャンボピーマン、カラーピーマンとも呼ばれていました。7〜8年前に市場の野菜の名称統一があり、その中で、パプリカという名前に統一されました。
- 「ペッパー」というのは「こしょう」の意味なのに、なぜパプリカが「ペッパー」と呼ばれるようになったのか、大学の先生に聞いた話によると、昔は冷蔵庫がなかったので、こしょうで肉の臭みを消すなど、こしょうは大変高価な品物でした。それにあやかろうと、「ペッパー」と呼ぶことにしたのではないか、ということでした。また、コロンブスがこしょうを探しに出たとき、最初に出会ったのがとうがらしで、それをこしょうだと思って「ペッパー」という名前をつけてしまい、のちに本当は違うのがわかり、とうがらしのことを「レッドペッパー」と呼ぶようになった、という説もあるそうです。
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◇パプリカとピーマンの違い |
- パプリカとピーマンは同じ仲間で、明確な区分はないそうです。
- 肉厚のものがパプリカで、薄いのがピーマンというイメージがありますが、ホルンタイプは肉が薄い。また、大きいのがパプリカで、小さいのがピーマンかというと、ミニのパプリカもあって、境界線がよくわかりません。
- 緑色のピーマンを食べているのは、世界的には、日本と韓国ぐらいだそうです。その他の国は、パプリカの緑色のものを食べています。
- 私の考えですが、パプリカとピーマンの違いは、秋田犬と柴犬の違いと同じではないでしょうか。柴犬に水とエサをたくさん与えても、決して秋田犬にはなりません。それと同じで、ピーマンにいくら水と肥料をやってもパプリカにはなりません。逆もまたしかりです。
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◇パプリカの栄養 |
- パプリカには、ビタミンA、ビタミンCが多く含まれており、ピーマンより栄養があります。ピーマンも緑黄色野菜の代表格で栄養価が高い野菜ですが、赤いパプリカには、ピーマンの3倍のビタミンA、2倍のビタミンCが含まれています。黄色いパプリカは、ピーマンよりビタミンA含量は少なくなっています。
- 赤いパプリカの色は、トマトと同じリコピンの色です。オレンジ色はニンジンと同じでカロテン含量が多いためです。このように、栄養価が色となって現れています。
- 黄色いパプリカは、味が淡泊で、栄養価も低いのですが、目隠しをして試食してもらうと、女性は黄色を選ぶことが多いです。
- 作り手の私は、オレンジのパプリカが一番おいしいと思っています。ただ、料理に使うとき、オレンジ色はニンジンとかぶってしまい、添え物として使うには赤や黄色のほうが見栄えがいいので、人気がないのが残念です。
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◇パプリカの生産量 |
- 世界の国々の中で、パプリカの生産面積第1位はハンガリーだといわれています。次いで、スペインが約6,000ヘクタール、オランダは1,000ヘクタールを超えるぐらいの面積があります。韓国は約400ヘクタール。韓国には、今、干拓地ができていて、パプリカの温室も建っているので、まだまだ増えそうな勢いです。次がニュージーランドです。ニュージーランドでパプリカを輸出している会社は、たった4〜5社だそうです。それだけでニュージーランドのパプリカを全部担っているのは、すごいと思います。あと、どれくらいあるかはわかりませんが、中国でも栽培されています。
- 日本のパプリカ輸入量は、約3万3,000トンです。日本一のピーマン産地であるJAしおさいが2〜3万トンと聞いていますから、それより多くパプリカを輸入していることになります。
- ハンガリー産、スペイン産のパプリカは、害虫の関係で日本には入ってきていません。オランダからは、1993年、今からちょうど20年前にパプリカの輸入が始まりました。1999年、韓国から日本への試験輸出が始まり、2000年以降商業ベースにのってきました。
- 韓国の前は、オランダ産しかなく、価格も高かった。日本でパプリカが普及したのは、価格が手ごろな韓国産が入ってきてからだと思います。ファミリーレストランのメニューやコンビニのサラダにも使われるようになり、裾野が広がりました。国産パプリカの作り手としては、海外から安いパプリカが入ってくると困るのですが、マーケットを広げるのには役に立っていると思います。
- 韓国国内では、2005年くらいまでは全然パプリカを食べていなかったそうですが、徐々に国内消費が増えています。今では、韓国の生産量の半分が輸出、残りの半分が国内消費だと聞いています。ちなみに、韓国では、パプリカは1個1,980ウォンぐらいで、それほど安くありません。しかも、日本向けにA品を送り、国内ではB品が多いそうです。
- 農林水産省の統計によると、日本のパプリカの生産面積は、平成18(2006)年度が56ヘクタール、20(2008)年度が61ヘクタール、22(2010)年度が60ヘクタール。面積はあまり変わりませんが、生産量は減っています。また、ほかの野菜は、生産県ベスト5が固定化しているものなのですが、パプリカは順位が入れ替わっています。販売がうまくいかなくてやめてしまう産地が多いのと、生産が安定していないためと思われます。
- 国産パプリカの10アールあたりの収穫量は、茨城県が6.3トンなのに対し、広島県は3.5トンと、約半分しかとれていません。また、同じ東北でも、宮城県は5.1トン、山形県は2.8トンです。こうしたところからも、まだ生産が安定していないことがうかがえます。
- (株)Tedyの生産量は、約270トンです。国産全体で約3,000トンですから、その1割弱を占めていることになります。
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◇パプリカの栽培について |
- 作型で多いのは、越冬です。夏にタネをまき、お盆過ぎに植えて、12月頃からとる。
- 山形県、群馬県、長野県などの産地は、夏越し。正月明けにタネをまき、3月頃に植え、初夏の頃からとる作型です。
- (株)Tedyでは、養液栽培をしています。株元にロックウールという玄武岩で作った繊維があり、そこに苗を仕立てます。1株1株にチューブを刺して、そこから点滴のように水がぽたぽたと垂れます。水の量は、太陽の照り加減によって調整します。
- 大人の背丈ぐらいになったら収穫を始め、最終的には4メートルぐらいになります。
- 選果は、人の手でA品とB品に分け、それから重量選別機で分けます。
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◇産地の状況 |
- 現在の産地の状況は、昔ながらの家族経営と、大きな法人の経営の2つに分けられます。
- 山形県の遊佐町、群馬県の利根沼田、長野県などに散らばる小さな産地では、1軒あたりの生産面積が1反にも満たないぐらいで、国産のパプリカは、そうした方がたくさん集まって成り立っています。生産量は、10アールあたり、4〜5トンしかありません。その理由は、作り方が難しく生産が安定しないのと、副業的な生産が多いためです。山形の産地は米どころで、パプリカ栽培のきっかけは、米の育苗をする小さなハウスの有効利用でした。利根沼田は、高原野菜の育苗ハウスを活用しています。旦那さんが米や野菜など主な作物を作り、奥さんや、おじいさん、おばあさんが副業でパプリカを栽培するケースも多く、高齢化が進んでいます。
- (株)Tedyの温室のひとつは、1.5ヘクタールあります。ここ数年、こうしたパプリカ専門の大きなハウスを建てる動きがいくつか生まれています。私が調べたところによると、今、15ヘクタールぐらい。加温設備はもちろん、養液システムや二酸化炭素、温度や水の管理など、コンピュータで制御されています。生産量は、10アールあたり13〜15トンぐらいで、小さな産地と比べると、約3倍の収量を上げています。
- いくつか大規模栽培の例を挙げると、トヨタが工場から排出する温水を利用してパプリカの栽培を始めたり、ドールが宮城県で栽培したりしています。ドールは韓国から輸入もしていますが、生産を始めました。ほかにも、トミタテクノロジーという温室会社や、長野県の信州サラダガーデンなど。信州サラダガーデンは、28トンと日本一の反収を誇っています。空調が完璧で、冷房まで入っている。でも、機械設備にコストがかかるようです。茨城県の美浦にも、2ヘクタールぐらいのパプリカ温室が作られています。
- こうした状況を整理して計算してみたところ、今、大きなところから出てきているのが1,700〜1,800トンで、これから予想される量が約630トン。合計すると2,200〜2,300トンになります。たった5社ぐらいで、今の国産パプリカの生産量にほぼ匹敵する数量を作ることになります。ただ、市場流通にはあまり入ってきていないと思います。うちの会社も直接販売することが多く、半分しか市場のお世話になっていません。
- 今、輸入量が約2万5,000トン、国産が約3,000トンあります。今後、国産パプリカが増えていくと、どうなるのか。反収が18トン、20トンになると、国産でも小売り100円が可能になるかもしれません。そうなったとき、輸入が追いやられるのか、全体的にパイが増えていくのか。国産パプリカの将来について、八百屋のみなさんからのご意見もお聞かせいただければ幸いです。
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◇質疑応答より |
- Q:昔、(株)Tedyさんに見学に行ったときと、今日の資料で見たハウスと、規模が違う気がするのですが…?
- A:うちには温室が2つあり、見学にいらしたときは、古いほうの温室だったと記憶しています。平成19(2007)年に、新たに大きなハウスを建てました。
- Q:(株)Tedyさんが海外に進出、という新聞記事を読んだ気がするのですが…?
- A:輸出は考えていません。先日、TPPがらみで取材を受け、TPPが始まっても地道にがんばる、という話をしました。私どもとは別に、輸出攻勢をかける話が載っていたので、誤解されたのではないでしょうか。今の日本のパプリカを海外に持って行って商売になるかというと、難しいと思います。
- Q:養液栽培は有機ではない?
- A:有機野菜ではありません。農薬も多少は使っています。
- Q:(株)Tedyさんの栽培方法は、韓国と同じやり方ですか?
- A:設備的には、韓国の先進的なところと似たシステムを使っています。
- Q:土耕と水耕の違いは…?
- A:私は、正直、土耕のパプリカのほうがおいしいと思います。うちも最初は土耕で作っていました。
ただ、パプリカは、青枯病という土壌病害に非常に弱く、強烈な土壌消毒をしても防ぎきれませんので、養液栽培が向いています。土だけでなく、温度や水の管理もシビアで、最初はよくても、急に小さくなったりします。そもそも、パプリカの育種そのものが養液栽培を前提にしているので、それを土耕で作るのは難しい。平均的にいいものを作っていくとなると、養液栽培のほうがいいと思います。また、オランダや韓国の影響で、みなさんがパプリカの養液栽培を見慣れており、それが標準だと思われている部分があります。
- Q:将来的には国産パプリカが100円になるかも、というお話がありました。重油代なども上がっている中、規模を拡大すれば理論的には可能なのですか?
- A:現実に、今、無加温のハウスのもので1個100円に近いものが出ています。国産のパプリカは、夏から秋にかけて、一時的に出荷が増えます。輸入ものは商社が数量を調整して入れていますが、国産はとれたらとれただけ市場に出回るので、価格は安くなる。ただ、通年安くできるかというと難しい。重油代の問題もありますし、日本は農業資材の価格が世界一高いんです。温室は、韓国の2〜3倍、オランダの4〜5倍もします。それでも、国産パプリカがワンコインで買えるようになれば、もっと消費が増えるのではないか、と思うので、試食販売などPRも含め、努力していきたいと思います。
- Q:赤が7割、黄色が3割というのはどうして…?
- A:単純に、赤の消費が多いのだと思います。うちで受ける注文量も、だいたい6対4か7対3ぐらいで赤が多く求められます。黄色のほうが生育が早くて作りやすく、5%ぐらい多くとれます。
- Q:パプリカは大きいので使い切れない、とお客さまにいわれることがあるので、うまく使い切る方法があれば教えてください、また、生産者の方はどのようにして召し上がっているのでしょうか?
- A:生産者の私も、主に生のままサラダで食べているのですが、縦に薄くスライスするのではなく、1センチ角ぐらいのダイスに切ると存在感があります。うちでは、赤、黄色、オレンジのパプリカを全部ダイスに切り、サイコロ状に切ったかぶや乱切りのきゅうりなどと混ぜ、岩塩とオリーブオイルのドレッシングで食べています。そうすると、ドレッシングの味に負けず、パプリカ自体の味がよくわかります。1個使い切れなかったときは、冷凍がおすすめです。食べやすい大きさに切ってから、1食分ずつラップに包んで冷凍庫で保存します。解凍後、サラダには使えませんが、炒め物やスープの具など、加熱調理するものには充分使えます。
- Q:お客さまの中には、パプリカは皮がかたくて気になる、という方がいらっしゃいます。栄養的には皮はむかないほうがいいのではないかと思うのですが、残留農薬などを考えるとむいたほうがいいのでしょうか?
- A:今の農薬は、紫外線や温度などにより、24時間でほぼ分解します。農薬が表面につくから、そこだけ多く残っているということはありません。皮が口に残るのが気になるという場合は、手間はかかりますが、ローストして表面を真っ黒になるまで焦がし、皮をむくと、甘みはより強くなります。おいしい食べ方のひとつとしてご提案されてはいかがでしょうか。
※この質疑応答に関連して、受講生より、「直接火であぶって皮をむくのは大変。今、パプリカやトマトの皮もむくことができるすごく優秀なピーラーが出ています」との情報提供がありました。
- Q:ここ最近、安いものに流れる傾向があり、食の安全が心配です。農家さんが一生懸命やっていらっしゃるのが伝わるようにしていただけるとありがたい。
- A:私どももそうですが、今、GAP(農業生産工程管理)という手法を取り入れている農家が増えています。ISOなどと同じで、第三者の審査が必要です。そうした努力を続け、みなさんに見ていただくしかない、と思っています。
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