■2017年3月12日 第12回 修了式 〜 特別講演「野菜の本能をよびおこす」「料理とは何か」 アル・ケッチァーノ シェフ 奥田政行氏
◇はじめに

 私の店は、山形県の鶴岡市にあります。10万人都市で、在来作物がたくさんある地域です。

 資金もなくオープンし、100円均一のお皿から始めたくらいなので、「牛ヒレステーキのにんじん添え」を「にんじんステーキの牛ヒレ添え」にしてみたり、野菜をいろいろと使った料理を考えました。

 野菜とは、植物のなかで人間が食べられるものです。そういう観点から料理を考えてきましたので、今日は、野菜の使命、何のために野菜は地球上にいるのかといった話をしながら、実際に料理を食べていただいて、野菜の可能性を探っていただきたいと思います。

アル・ケッチァーノ シェフ 奥田政行氏
◇だいこんのヴルーテスープ
 まずは、「だいこんのヴルーテスープ」。だいこんは食感の食べものですが、食感がないのにだいこんの味がするスープです。だいこんにはコクがないので、生クリームを入れてコクをプラスします。

 作り方は、だいこんを牛乳で煮ます。別鍋でバターと小麦粉に熱を加え、牛乳を入れてクリームソースを作ります。だいこんの鍋にだしとクリームソースを入れ、ミキサーにかければできあがりです。

 冷凍で1年間保存可能です。うちの店には、冬になると、生産者の方がだいこんや白菜など、ものすごい量の野菜を持って来てくれるので、まとめて作って冷凍保存しています。
「食感がないのにだいこんの味がするスープです」
と、奥田シェフ
だいこんのヴルーテスープ
◇野菜とは何か
 植物のなかで人間が食べられるものを山で見つけ、タネを持って来て植えれば野菜になります。野菜は人間に食べられようとは思っていません。植物が何のために地球上に姿を現すのかというと、自分の生息範囲を広げるためと、タネを未来に残すためです。

 動物は自分の住みやすいところに好きに行けますが、植物は動けません。ですから、野菜は突然変異をします。突然変異したもののなかで、人間界に気に入られたものだけが生き延びてきました。

 植物は動けないので、生き残るためにいろいろな作戦をとります。たとえば、たんぽぽは、風を使って自分の遺伝子を遠くに運びます。動物の体にくっつくもの、虫を使うもの、鳥に食べてもらうものなどもあります。いちごやトマトは、鳥に見つかりやすいように赤くなります。

 動物から食べられたいと思っている植物は生で調理して、食べられたくないと思っているものには火を通す。植物の生態から考えたのが、アル・ケッチァーノの料理です。

 当初はいろいろなことを言われましたが、自分の信じることを貫いていたら、世界野菜料理選手権で3位になりました。自分が考えたことをずっとやっていれば、見てくれている人がいて、必ず評価されます。みなさんも、孤独に負けず、がんばってください。
◇だいこんの辛み

 だいこんを噛んでいくと、だいこんの自己防衛本能で辛くなります。これは、動物から食べられたときに、「ぼくを二度と食べてはいけないよ」というシグナルを出しているのです。だいこんがタネを残すために持っている性質を利用すれば料理の幅が広がります。

 辛みだいこんを切ると輪っかが見えます。この外側のほうが辛い。これも、動物から食べられたくない、という一種のバリアです。

「だいこんは自己防衛本能で辛くなる」
と、奥田シェフ
 だいこんは、辛みと甘みの成分がくっついていて、回りに細胞壁があり、それが砕かれて温度が上がると、ミロシナーゼという酵素のはたらきで辛みと甘みが離されて、辛みだけが感じられるようになります。

 だいこんおろしを辛くしたくなければ、目の粗いものを使って摩擦熱を加えずにおろします。細かいもので、何度も摩擦熱を加えると、辛くなります。辛いだいこんおろしと辛くないだいこんおろしの話は、ネタとして使ってください。「さすが八百屋さん、ここまでだいこんのことを知っていたのか!」と言われます。

 人間が地球上で支配者になれたのは、火が使えたからです。生の野菜は、人間にとって有益な成分と有害な成分の両方を持っています。人間は火を使って、有害な成分を殺すことができました。そのため、他の動物より食べるものに困らなかった、というわけです。

 ミネラル以外はすべて生き物です。その植物が生きている間に経験したことのない熱を加えると、化けます。たとえば、酵素が失活する温度は43℃で、それ以上になると変化が起きます。「野菜の50℃洗い」というのがありますが、あれはなかの温度が43℃くらいになって、ちょうど酵素が活性化するくらいの温度です。こうして植物の側に立って見ると、料理は変わります。

◇わさびの辛み調理
 イタリア人のシェフと日本で料理講習会をしたとき、彼の料理は材料がたくさんあったのですが、私はわさびの辛み調理スパゲティで、材料は、わさび、塩、スパゲティ、バターだけ。それを見たイタリア人シェフに、「東洋の神秘だ!」と驚かれました。わさびの生態を利用した料理に、世界がびっくりするのを実感しました。

 まずはわさびを切ってビニール袋に入れ、熱いお湯を加えて、なかを43℃くらいにします。ちょうど動物からかじられた状態です。そこにわさびの重さ×0.03、つまり3%の塩をします。袋のなかにフーッと息を吹いて二酸化炭素を入れると、2〜3分で辛みが出ます。わさびが「ぼくを食べてはいけないよ」というシグナルを出しているわけです。これを刻んでバターと合わせ、ゆであがったパスタに絡めればできあがりです。
わさびの辛み調理
「わさびの生態を利用した料理です」
と、 奥田シェフ
◇おいしいサラダの作り方

 畑でレタスだけを食べていると油がほしくなります。そこで、油を口に入れると、今度は、塩とレモンがほしくなる。それがドレッシングです。

 おいしいサラダを作るには、まず、にんにくの香りをボウルにつけます。そこに野菜を入れ、塩味をつけますが、そのまま塩をかけると漬けものになってしまうので、油でコーティングして塩が直接野菜の表面にあたらないようにします。塩をしたら、レモンをしぼります。酸味を使うとき、南の国ではレモン、北はビネガーです。レモンが一番いいのですが、レモンなどがない場合はビネガーを使います。

  野菜を触るときは、心のなかで、サラサラサラと小川のせせらぎの波動を作ります。気持ちが静かでないと、味が違ってきます。小川のせせらぎを感じながら手で合わせると、ふわっと仕上がります。

 こうして1人前ずつ作るのが最高なのですが、レストランでは味が一定しなければなりません。そこで、レモンをしぼって塩をして、オリーブオイルを入れたドレッシングを作り、弟子にこれを使ってサラダ作って、といえば何百人にでも出せます。ドレッシングがあれば、誰がかけても同じ味になります。

サラダを作る奥田シェフ


レタス、にんにく、オイル、塩、レモンだけの
シンプルなサラダ
 フランス料理の歴史のなかで、料理人の名前がついたソースが流行った時期があります。王様のところで何百人もの料理を作っていた料理人がフランス革命で仕事がなくなり、町に降りることになりました。自分が全部サラダを和えることはできないので、たとえば「奥田政行ドレッシング」を作り、使用人にそれを使わせました。これがドレッシングができた経緯です。
◇ハーブのサラダ

 ハーブと野菜の違い、境界線はどこだと思いますか?

 にんじんサラダ、オニオンスライス、キャベツコールスローのように、単一で食べられるのが野菜。何かと組み合わせないと食べられないのがハーブです。

 クセのあるハーブでも、何種類か混ぜると食べられます。いろいろな味を足すとひとつひとつの個性が消えるので、食べられるようになります。歌が下手でも大勢のなかに混じるとわからなくなるという、どこかのアイドルと同じですね。

「単一で食べられるのが野菜。
何かと組み合わせないと食べられないのがハーブ」
と、奥田シェフ
 マジョラム、オレガノのようなクセの強いものも、ハーブミックスにすると食べられます。そのハーブミックスをレタスと混ぜてサラダにするわけですが、いろいろな種類がミックスされるとコクが出ます。

 グリーンサラダでも、クレソンやレタスなど、いろいろなものを混ぜるのであれば、オリーブオイルとレモン、塩だけの薄味のドレッシングがおすすめです。レタスだけのシンプルなサラダは、複雑な味をつけてもいいので、サウザンアイランドドレッシングとか、マヨネーズがついてきます。サラダのほうが複雑だったら、サウザンアイランドはいけません。ドレッシングはこのようにして使い分けるといいと思います。

 ロケットサラダは、もとはハーブの仲間でした。最近は水耕栽培もあり、単品のサラダを出すレストランもあるので、やや野菜寄りになっています。パクチーも同様ですね。

  私は野菜売り場を見ると、その店のバイヤーさんのこだわりがわかります。ハーブと野菜を区分けしているところで、パクチーが野菜コーナー寄りにあったりすると、すごいな、と思います。春菊も、もとは何かと組み合わせないと食べられないものでしたが、最近はサラダ春菊などもあって、野菜コーナーのハーブ寄りの場所にあったりします。

 フランス料理で使う「ブーケガルニ」は、ハーブのブーケからできたものです。昔、ギリシャの結婚式では、ローリエ、タイム、ローズマリー、オレガノをブーケにしました。ローリエは勝者の印、タイムは気高さの印、ローズマリーは魔除け、多年草のオレガノは永遠の愛を意味します。いまはそれが花のブーケになりました。ハーブをねぎで巻いたのがブーケガルニで、フォンドボーなどに使われます。

 また、大航海時代、船乗りたちは、船で海を渡っていて、オレガノの香りがすると陸地が近いと判断した、といいます。
◇じゃがいもサラダ

 次に、ゆでたじゃがいものサラダを紹介します。

 じゃがいもは動物から食べられたくないので、火を通します。今日のじゃがいもは、1時間半〜2時間くらいゆでました。

 でんぷんを持っているものは、70℃で50分加熱すると、でんぷんが麦芽糖に変わります。さといも、かぼちゃなどを甘くしたいのであれば、70℃で50分加熱すればいい。

 ぎんなん、さといもなどを究極に加熱したければ、ごはんを炊くときに埋め込んで、そのまま保温しておくと、思いっきりトロンとします。うるち米とさといもをそのままつぶせば、さといも団子になります。

 じゃがいもはオリーブオイルとすごく相性がいいので、ゆでたら水けをきり、オリーブオイルをたっぷり入れて混ぜます。これに、スライスした後、塩と酢をしたたまねぎを混ぜるだけでおいしいじゃがいもサラダになります。八百屋さんにおすすめの簡単な野菜料理のひとつです。

 ちなみに、新じゃがなら皮つきで作れます。普通のじゃがいもも、本当は皮つきでゆでたほうが味が逃げずおいしいのですが、大量に作るときはあらかじめ皮をむいたほうがラクです。

じゃがいものサラダを作る奥田シェフ

「でんぷんを持っているものは、70℃で50分加熱すると
甘くなる」と、奥田シェフ
「じゃがいもはオリーブオイルとすごく相性がいい」
と、奥田シェフ
じゃがいものサラダ
◇漬けものの新たな使命

 漬けものはなぜ売れなくなったのでしょうか。ひとつは、ごはんを食べなくなったこと。もうひとつは、冬の間に保存しておいて食べるという目的がなくなったことが挙げられます。地方でもクルマを持つ人が増え、スーパーで冬でも生野菜を買えるようになりました。

  時代に必要とされなくなったモノは消えていく運命にあります。漬けものにも新たな使命がないと、漬けもの文化が消えてしまいます。そこで、白菜の漬けものを使ったサラダを考えました。ちなみにこの白菜サラダは、2015年、「あさイチ」最高視聴率料理です。

 まず、白菜の下のほうを切って、3%の塩をします。白菜の重さ×0.03、計算してください。基本的に漬けものは×0.02、売れている漬けもの屋さんのものは×0.016の塩分です。

 これに重しをして漬けます。重しをするのは、乳酸発酵させるとき、空気を嫌うので、水の中に沈めるためです。そのとき、マンガンが多い塩を使うと乳酸発酵しやすくなるので、輪島の塩がおすすめです。

 うまく乳酸発酵してできあがった漬けものは、しょっぱくて酸っぱくなります。

白菜の漬けものを使ったサラダを作る奥田シェフ


白菜の漬けものサラダには
ししゃもを組み合わせて
 この白菜の漬けもの1に対して、生の白菜の葉のせん切りを5入れます。オイルも混ぜると、しょっぱくて酸っぱいもの+オイルで、仕組み的にはサラダになります。白菜自身から出た酸味で作る自然な味つけのサラダです。

 この白菜サラダにししゃもを合わせていっしょに食べると、いいつまみになります。

 また、たくあんは、せん切りにしてマヨネーズと混ぜると、たくあん味のマヨネーズになります。そこに生のだいこんを入れて和えれば、サラダになります。

 このように、漬けものをソースやドレッシングとして使えば、漬けものに新たな使命が出てきます。
◇とろとろ白菜のアレンジ料理
 鍋料理に白菜をたくさん使って芯の部分が残ったときなどに使える、くたくたに煮えた白菜のアレンジを紹介します。これは、2015年、アル・ケッチァーノ最高料理です。

 まず、残った白菜にレモンやゆずの皮を加えて煮ます。そして、じゃがいもとか春巻きの皮など、何か揚げたものを用意します。煮た白菜はやわらかく、コクがないので、パリパリの食感をプラスして、コクがないのは油で補ってあげます。

 料理は連想ゲームです。白菜が生きていたときに経験しなかったものを与えて化けさせて、相性のいいものを持ってくれば、調味料は不要になります。あとは6:4か7:3か、比率計算をすればいいだけです。
煮た白菜にレモンを加える
とろとろの白菜に揚げたじゃがいもを合わせて
コクをプラス
◇究極のしいたけバターソテー

 きのこは、味、香り、食感、苦み、ぬめりの5つのタイプにわかれます。しいたけはうまみのきのこ、エリンギは食感のきのこ。マッシュルームは香りのきのこで、生だったら食感のきのこでもあります。

 まず、しいたけはどうやったらおいしくなるか、と考えます。たとえば、焼肉でしいたけを焼くとき。要は、ヒダの部分から水分を出してうまみを凝縮させればおいしくなります。

 では、究極のしいたけバターソテーの作り方はどうすればいいか。ヒダの部分に油が入らないよう斜めにカットしてから小さく切ると、フライパンの下につかないような形になるので、しいたけの持つうまみを生かせます。

 次に、香ばしく炒めるには、どの熱媒体を選べばいいか。料理は、食材に合う熱媒体を選ぶことが大切です。油を選べば「揚げる」、空気を選べば「ロースト」でオーブンに入れる、水を選べば「ゆでる」、「蒸す」となるわけです。香ばしくしたいなら、油を選びます。しかも、焦げ味にしたいので、バターを選び、焦がしバターで炒めればいい、ということになります。

「しいたけはうまみのきのこ」と、奥田シェフ


しいたけは、ヒダの部分に油が入らないよう
斜めにカットしてから小さく切る
焦がしバターを使い、弱火でゆっくり加熱する
「究極のしいたけバターソテー」の完成
 これが私の考える究極のしいたけバターソテーですが、こういう考え方の料理の教科書はありません。仕方ないので、田舎で雪が降ってお客さんが来ないと、ひとりでこういうことを考えています。

 小さく切ると、大きな口を開けなくても食べられますし、水分が蒸発しやすくなるという効果もあります。バターが焦げたら、しいたけのヒダを上にして並べます。こうすればヒダの中に油が入らないので、このまま弱火でゆっくり加熱してしいたけから水分を取っていきます。

 ちなみに、マッシュルームは香りと食感のきのこなので、強火で炒めて香りを逃さず、食感を残します。

 野菜料理を考えるときは、まずその野菜を好きになること。マッシュルームなら「マッシュルームが好きだ!」と自己暗示をかけてください。そうするとマッシュルームのことをいろいろ調べます。次に、好きから愛に変わるためには、自分でマッシュルームをたくさん食べて中毒状態になる。すると、マッシュルームの悪いところも見えてきます。その悪いところもすべて含めて好きになり、それがその野菜の特徴だと思うと、料理が変わり、いろいろな奇跡が起きます。

 マッシュルームは、コクをつけたいときはブラウン、生でスライスするなら白を使います。白はナッツのような香りがします。2回目に収穫したものは特にナッツの香りが濃くなります。

 私は生産者さんとか八百屋さんには、いろいろ言ってほしいタイプです。山形の舟形マッシュルームさんとは長年のおつきあいで、「このマッシュルームは2回目だよ!」と聞くと、香りが強いなら生でカルパッチョとかサラダにしよう、ナッツの香りは鶏と合うから鶏料理に使おう、などと考えます。お客さまに料理を出すときも、この野菜がこうだからこの料理にしたんですよ、と詳しく説明できます。
◇にんじんの3分50秒料理

 にんじんは、そのまま食べると苦みが強く、火が入ると甘くなります。切って片面3分50秒ずつ焼くと、甘みが少し苦みに勝ちます。それ以上加熱すると甘くなりすぎます。苦みもおいしさのひとつですし、食感もなくなるので、苦みの少し上に甘みがくるようにします。にんじんの味をストレートに味わうためには、焼き色をつけず、こしょうもふらないこと。焼き色がつくのは220℃からです。

 中火くらいで焼き、水分が飛んでくるとだんだん音が小さくなります。そうしたら裏返す頃合いです。こうして、野菜の声を聞きながら料理してください。

 味つけで、「うまい!」という料理を作るのは簡単です。塩味、うまみ、糖分、油脂分の4つがヒトの遺伝子にすり込まれているので、そこに焦げ味をつければいい。酸味などを加えるとさらに複雑な味になります。

 ただ、八百屋さんがやらなければならないのは野菜が生きる料理なので、「にんじんの3分50秒料理」はおすすめです。ぜひ店頭でやってみてください。両面焼くのに7分。説明しながら焼いて食べてもらえば、きっと「この人からにんじんを買いたい!」と思ってくれます。

にんじんは切って、片面3分50秒ずつ焼く


「にんじんの3分50秒料理」のできあがり
 7分待ってもらう間に、何かほかの野菜について語ってもいいでしょう。そうして、儲けるのではなく儲かる八百屋さんになってください。

 「にんじんはこうやるとおいしくなるんだって!」と言うだけでなく、実際にやってからお客さまにすすめると、言葉に重みが出ます。
◇残り野菜を使っただし

 フレンチやイタリアンなどの洋食のだし、和食のだし、中華のだしのなかで、一番うまみがあるのはどれだと思いますか? 洋食は肉などを生で入れて炊いてだしをとります。和食は昆布、かつお節などの乾物。中華は、生でだしをとったあと、さらに金華ハムなど乾物も入れるので、最もうまみが強くなります。

 さて、今日残った野菜で、野菜のだしを作ります。まず生の野菜でベースを作ります。白菜やキャベツの芯など、野菜は何でもOK。生の野菜をタップリの水でゆでて、70℃くらいになったら天然塩を入れます。精製塩は使いません。天然塩にはカルシウム成分が入っているので、90℃になると野菜の成分と反応してアクとして上がってきます。透き通っただしを取るためには、カルシウムが豊富な塩を使うことが重要です。

 次に乾いたものを加えます。たまねぎの皮やにんじんの皮などを焼いて乾燥させます。これが中華で生でとったあとに乾物を入れるのと似た効果になり、おいしい野菜のだしが取れます。野菜はフライパンやオーブンで焼きます。自然に乾燥させてもOKですが、焼くと焦げ味も入っておいしくなります。沸騰したら必ずアクを取ります。

 野菜の切り方は、短時間で味を出したいときは薄切りに、長時間なら大きく切ります。たとえばフォンドボーは12時間くらい煮るので、たまねぎなどは大きいまま入れます。煮上がり時間を計算し、ゴールに向かって、切り方を決めるわけです。

 今日の野菜だしはいつものように甘みが出ませんでした。不思議です。水のせいかもしれません。でも、そういうときこそ料理人の血が騒ぎます。甘い野菜を足すとか、ベーコンを加えるとか、いくらでもおいしくする方法があります。もともと、うまみにうまみを足していくのが西洋の文化です。和食の文化は、少ない食材で味をストレートにとるのが特徴です。

まず生の野菜でベースを作る


たまねぎやにんじんの皮を焼く


鍋に焼いた野菜を加える
 ちなみに、だしは三口目でおいしいと感じるものです。懐石でも、お吸いものは後半に出てきます。それまで、いろいろな香りがある刺身とかを食べているので、まず一口目は口を洗い、二口目で何のだしなのかを調べて、三口目で「あぁ、おいしい」と味わいます。
◇野菜だしを使ったマッシュルームのクリームスープ
 先ほどの野菜だしで、マッシュルームのスープを作ります。作り方は、塩をしておいたマッシュルームを野菜だしで煮てミキサーにかけ、生クリームを加えるだけ。時短料理です。

 マッシュルームに塩をしておくと、酸化して黒くなり、香りが引き出されるので、これを野菜だしで煮ます。ふつうはたまねぎ、セロリとマッシュルームを炒めて、鶏のだしを加えるなど、難しく作りすぎです。
◇西洋と日本の野菜の違い
 乾燥している土地の野菜は苦いので、ヨーロッパで食べる野菜は苦みが強く、味が不均一です。ミネストローネスープのように、いったん油で炒めて味を均一にしてから味つけをするのが西洋料理の文化です。私は飛行機でどこかに行ったとき、着陸するときに必ずその土地を見ます。乾燥している土地のものは炒めてから使えばいい。苦みは油で中和されます。

 日本は温暖湿潤なので、野菜が甘く、味も均一ですから、水から煮ても大丈夫です。世界の料理のなかで、油を使わなかったのは日本料理だけです。日本料理は水でもうまみを出しやすかったことと、昔は油が貴重で、料理に使うのはもったいなかったのでしょう。また、徳川の将軍が生類憐れみの令を出し、動物性の油は使わないで発展してきたこともあります。

 海外では必ず油を使います。ですから、今後、和食を世界基準にしていくためには、ローカルのよさとグローバルなよさを融合させるべきです。ただの粕漬け、漬けものが、マカダミアナッツオイル、ピスタチオナッツオイル、メープルビネガーなどと組み合わせることによって、大きく化けるかもしれません。和食には新しい息吹が必要です。

 明治時代に西洋料理が入ってきたので「和食」というようになりました。和食は基本的にごはんに合うものをいいます。しょうゆで味つけを濃くすれば、ごはんに合います。
◇アーリオオーリオペペロンチーノ

 オイルベースでにんにく、とうがらしを加えたものがアーリオオーリオペペロンチーノです。

 にんにくは、80℃になるとアホヘンという成分が出ます。つぶして使うのは、イタリア人がまな板を使わないからで、厚めに切って表面積を増やしたほうがにんにくの無駄づかいになりません。

 にんにくの香りがオイルについたらとうがらしを入れ、パセリを加えます。あとは、ここにゆであがったパスタを入れるだけです。

 ペペロンチーノがなぜ失敗するのか。たいていは、フライパンにオイル、にんにく、とうがらしを入れて、パスタを入れたら塩、こしょうして混ぜて出しますよね。私のペペロンチーノには、塩を加えていません。パスタを入れたあとは加熱もしません。

 油の入ったフライパンで麺と麺がこすれあうと、粘りが出てしまいます。調味した後は、混ぜれば混ぜるほど味が鈍化するので、味がどこかにいってしまうというわけです。ゆであがったパスタを入れるだけで熱を加えませんから、すっきりした狙ったとおりの味に仕上がります。

アーリオオーリオペペロンチーノを作る奥田シェフ


アーリオオーリオペペロンチーノにアサリが入ると
ボンゴレビアンコになる
  パスタの世界はじつは簡単で、アーリオオーリオペペロンチーノにアサリが入るとボンゴレビアンコになり、それにプチトマトが入ればボンゴレナポリになるだけです。

  以上、ありがとうございました。

【八百屋塾2016 第12回】 挨拶修了証書の授与|特別講演「野菜の本能をよびおこす」「料理とは何か」塾生の挨拶茶話会