■2016年6月12日 第3回 トマト・スイカ 〜 講演「ミニトマト」について さいたま榎本農園代表 榎本健司氏
◇さいたま榎本農園の概要
  • さいたま市から来ました、榎本です。今、38歳で、農家としては若いほうだと思います。高校、大学は農業関係に進学しました。その後、食品メーカーを経て、さいたま市役所に入庁。農業技術職として13年働き、平成25年3月に退職しました。同年の4月から、さいたま榎本農園の代表となり、同時に農家レストランを開業しました。今、就農4年目になります。

  • うちは代々農家で、私は農家の長男です。農業を継ぐつもりはなかったのですが、父が膵臓がんで余命半年とわかり、継ぐことにしました。市役所では果樹担当でしたし、父からも何も教わっていません。野菜に関してはほぼまっさらな状態で始めたといっていいと思います。
さいたま榎本農園代表 榎本健司氏
  • 父は30年前から有機農業を行っており、ビニールハウスで大玉トマトを栽培していました。有機宅配の会社と契約していたのですが、父が亡くなって取引がなくなり、そこからミニトマト主体の経営に転換しました。農業行政に携わってきたので、ミニトマトは愛知、九州が主体、関東、都心部は大玉のほうが多く、当農園の周囲にはミニトマトの専業農家が意外と少ないことを知っていました。また、消費動向も、大玉は減少傾向にあり、中玉、ミニが増えていたので、ミニトマト主体に転換しました。

  • 現在、農園部門、農家レストラン部門、加工部門の3本を柱に経営しています。
◇ニーズ・販売先、供給と雇用等
  • 私がつねに考えているのは、競争力、商品力、価格の3つです。水耕栽培で、アイメック農法、KFT農法という特殊な栽培方法で競争力を高め、高単価、高付加価値のもので取り引きをしています。商品力という面では、国内の優良品種、新品種、海外の品種など、約20種類のトマトを作っています。国内のさまざまな種苗会社とつながりを持つようにして、新しい品種の情報をつねに取り入れ、実際に試験品種を作らせてもらったりもしています。台湾の品種も栽培していますが、現地まで直接タネを買いつけに行ったりもしています。

  • 販売先は、直販が主体です。今、取り引きしているのは、都内にある百貨店、飲食店、結婚式場など。高単価で、ブランドイメージをつけることを目指し、百貨店や飲食店に出せないトマトは農家レストランで売ったり、直売所に出したりしています。また、ブランド価値を高めるため、シンガポールに輸出しています。

  • 地元の和菓子屋さんにトマト大福を作ってもらうなど、トマトのスイーツも展開し、異業種コラボによる新規客開拓をしています。ちょうど今、日本橋三越でトマトフェアが開催されていて、榎本農園のトマトを使ったスイーツが販売されています。

  • 生産量を増やし、規模拡大をしていくため、通年収穫を進めています。通年といっても、8月はハウスの中が40〜50℃になってしまい、収穫が難しいので、9〜6月の10ヶ月間くらいで年2作。2棟のハウスで作型をずらし、ほぼ通年に近い状態で収穫しています。

  • 農業は個人でやっている人が多いのですが、うちは人件費がかかっても、あえて人を雇うことにしています。将来的に、若い農業者を増やしたいという思いがあるので、若者を雇い、2年後を目処に独立できるよう、いろいろなことを教えています。来年には、法人化する予定で動いています。
◇農園の場所と面積
  • 農園の場所は、さいたま市西区の端で、大宮駅からバスで15分ほどのところにあります。荒川沿いに位置し、土手のすぐ横に88aの田んぼがあります。露地の畑は84a。周囲は住宅が多く、いわゆる都市農業です。

  • ビニールハウスはAとBの2棟あり、それぞれ400坪あります。Aは1985年竣工、Bは2015年に竣工した新しいハウスです。2年前の大雪で、200坪のビニールハウスがつぶれてしまい、面積を増やして再建しました。
◇施設トマトについて
  • 当農園では、アイメックという水耕栽培のシステムを入れています。Aハウスは一般的な重油式の暖房で、BハウスはKFTの冷暖房です。また、ハウス内に二酸化炭素を充満させて光合成を高めるため、炭酸ガスのボンベ式システムを導入しています。

  • アイメックシステムとは、フィルム農法ともいわれ、ハイドロゲルでできた薄いフィルムの上で植物が育ちます。フィルムには無数のナノサイズの穴が開いており、水と養分だけを通します。トマトを高糖度にするために水をしぼりますが、それを人工的に作り出せるシステムです。また、病気の原因になるようなものを通さないので、水耕栽培で一般的に懸念される病原菌等による全滅を防ぐことができます。

  • KFT農法については、まだあまり知られていません。風が吹かない冷暖房で、輻射熱とセラミックを使った特殊な設備です。セラミックによる遠赤外線の効果により、抗酸化物質の高いトマトになることが、九州大学の実験により実証されています。設備は九州の会社のもので、関東では、うちが初めて導入しました。福岡では有名な会社で、環境大臣賞を受賞した設備です。住宅や学校、病院などの公共施設では一般的に使われており、今後、農業にも取り入れられていくのではないかと思います。KFT農法の原理やメリットはホームページに詳しく出ているので、興味がある方は見てみてください。
◇植えつけ品種
  • Aハウスは、収穫が12月〜6月。ほとんどがミニトマトですが、大玉と中玉もあります。品種は、大玉が「ごほうび」、「贅沢トマト」。中玉が「Mrあさのの傑作」。ミニトマトは、「トマトベリー」、「プチぷよ」、「サンチェリープレミアム」、「ピッコラルージュ」、「シシリアンルージュ」、「ピッコラカナリア」、「きりちゃん」、「みどりちゃん」、「インディゴローズ」、「ホワイトチェリー」、「しましま」シリーズ(レッド・イエロー・みどり・ピンク)、台湾品種2種(「玉女」系・「錦珠」)。その他、試験品種も栽培しています。

  • Bハウスは、収穫が8月〜3月です。ただ、8月は実が割れやすいので、実際には9月から収穫することが多くなっています。品種はAハウスとあまり変わりませんが、大玉の「麗旬」、「サンマルツァーノリゼルバ」、「新みどりちゃん」など、多少入れ替えています。

  • 「玉女」系というのは、台湾では有名なおいしい品種で、やや長細い涙型のタイプです。台湾では、大玉は野菜、ミニは果物扱いで、売り方も違います。味は日本のトマトに近いと思います。

  • 「プチぷよ」は、スイーツに利用している品種です。皮が薄くてやわらかく、露地や土耕では栽培が難しいのですが、水耕とは相性がいい。梱包が大変なので、単価は高く、贈答用が多くなっています。糖度は8〜9度くらい。食べたとき、皮が口に残らないので、子どもや高齢者に大人気です。手間がかかり、病気に弱いため、作っている農家はほとんどいません。

  • ハート型の「トマトベリー」は、結婚式需要が多い品種です。

  • 「しましま」シリーズはゼブラ模様が特徴です。今年、トキタ種苗が出した品種で、赤、緑、黄色、ピンクの4種類あります。とりたてて味がいいというわけではないのですが、カラフルトマトの中に1〜2個これがあると、彩りやアクセントとしてはいいと思います。
◇生産以外の事業について
  • トマトの生産のほかに、農家レストラン「菜七色(なないろ)」の運営、加工部門(田舎まんじゅうや赤飯など)、子ども向け農業体験プログラム事業、各種イベントの主催・共催などを行っています。

  • 農家レストラン「菜七色」は、実家を改装しました。設備投資は厨房ぐらいです。昔ながらの農家の趣はそのままで、田舎に帰った気分になれる、と都心部から来られるお客さまが多い。収穫した野菜を使った料理が主体です。週5日、11:30〜14:00のランチのみ営業。主は農産物生産なので、レストランは副産物的な位置づけです。客は1日平均15〜20名、日替わりランチのみで、日替わりシェフ形式をとっています。母が主ですが、近所の主婦の方、料理の先生、将来お店を持ちたい方などにも来ていただいて、独立した方もいらっしゃいます。 農家レストランはめずらしいのか、雑誌などへの掲載やテレビの取材が多く、広告費をかけなくても、お客さまがいらしてくれます。農家レストランに食べに来てくれて、おいしければ、野菜も買ってもらえます。うちの野菜を試食してもらう場所という意味合いもあります。

  • 農業体験プログラムは、小さな子どもたち向けの収穫体験、もう少し大きな子ども向けの野菜の講座、田植え体験などをしています。一般の消費者の方は、土に触る機会がないという人が多いですし、野菜がどうやってできるのかを知ってもらえます。

  • イベントとしては、流しそうめんをしたりしています。子ども連れのファミリーがたくさん来て、そのあとレストランに食べに来てくれたりします。いっしょにやりたい、という方たちとのつながりもできます。流しそうめんのときは、設計士や工務店の方が協力してくれました。将来にもつながることが多いので、こうしたイベントを積極的にやっています。
◇終わりに
  • 最初は大玉トマト1種類だけだったのですが、同じ作業だけではつまらなくなり、いろいろなトマトを作ることにしました。経営も大切ですが、自分のやりたいこと、好きなことをやりたい。20種類のトマトを作り、農家レストランを運営したり、農業体験プログラムを行ったりと、4年間やった結果、高単価でいい取引先に恵まれて、イベントに招かれたり、今日のように講師に呼ばれたりと、今のところは上々ではないか、と感じています。

  • 昔と比べれば、農業のイメージはよくなったと思いますが、まだまだです。将来、子どもたちがなりたい職業第一位を農業にしよう、という話を若手の農家仲間としています。今日は、そうした思いをみなさんにお話しできてよかったと思います。
◇質疑応答より

    Q:うちの店ではトマトの需要が高く、かなりの種類をおいているのですが、たいてい、「甘いのはどれ?」と聞かれます。でも、フルーツ系をおすすめすると皮がかたい、と言われたり…。皮が薄くて、甘く、ジューシー感があるおすすめの品種はありませんか?
    A:確かに、皮が厚いトマトはあまり好まれない気がします。水をしぼれば、実が小さく味は濃くなりますが、皮がかたくなる。栽培方法によっても皮の厚さは変わってくるので、この品種がいい、というのは難しい。比較的、味がよくて皮が薄いのは、トキタの「サンチェリー」シリーズ。ツヤがあり、見た目もすごくきれいなので、おすすめです。

    Q:今後、榎本さんが作りたいトマトは…?
    A:今はまだ勉強不足ですが、いろいろなトマトを掛け合わせて自分の品種を作るのが夢です。

    Q:同じ品種、同じタネでも、榎本さんと別の人が作ったトマトでは、味が違うのでしょうか?
    A:栽培方法でかなり違います。たとえば、「トマトベリー」は、初期の生育が強い品種です。土耕では、一気に栄養を吸うので、大味になったりします。水耕は、肥料や水を抑えられるので、小さめに作って、味のバランスを整えることができます。常に同じ品質のトマトを販売したいのであれば、産地だけではなく同じ生産者から買ったほうがいいと思います。

    Q:榎本さんのミニトマトは、市場には出していないのですか?
    A:市場にはまったく出していません。生産量が少ないので、地方の大産地と同じ流通にのせたら、経営できないでしょう。もし、うちのトマトを扱いたいという八百屋さんがいらっしゃれば、ご相談ください。ただ、私は、取引する相手には、必ず畑に来てもらっています。実際に見てもらって、お互いが納得してからでないと取引したくない。単なるモノではなく、対人間でありたい、とつねに思っています。

 

【八百屋塾2016 第3回】 挨拶講演「ミニトマト」について|勉強品目「トマト」「スイカ」|食べくらべMr.八百屋のここだけの噺