■2016年4月17日 第1回 開講式 〜 講演「なぜ野菜の勉強が必要か?」 八百屋の匠 杉本晃章氏
[はじめに]

 おはようございます。北千住で「杉本青果店」を経営している杉本です。八百屋塾の開講式では、毎年、「八百屋はなぜ野菜の勉強が必要か」という演題で講演をしています。今日は、「いい野菜とは何か」といった話も含め、すすめていきたいと思います。

 東京都青果物商業協同組合のホームページ「八百屋へ行こう!」には、勉強会のようすが毎月全部アップされます。地方でここに来られない人はそれを見て勉強しています。みなさんもブックマークしておいてください。

元実行委員長/杉本青果店店主 杉本晃章氏
[八百屋塾とは]
 八百屋塾は、"野菜の神様"といわれた元東京青果の江澤正平先生が創始者です。長年、各市場の八百屋さんを集めて勉強会をしていたのですが、2000年(平成12年)にこのビルが竣工すると同時に、さまざまな人を集めて八百屋塾が始まりました。北海道、熊本など、遠方から飛行機や新幹線で通った人もいます。横浜、熊本、盛岡、富山など、全国には、東京の八百屋塾に通っていた塾生が地元で立ち上げた勉強会も多数あります。
[いい野菜、野菜の目利き]
 市場の人、八百屋の先輩、仲卸、卸など、さまざまな人が野菜の知識を持っていますが、全部正しいとは限りません。なぜなら、タネの勉強からしているわけではなく、ほぼ聞き伝えだからです。ただ、市場の人は、品物のいい、悪いを見極める目は確かです。間違えたら自分が損をするし、クレームが来ることにもなります。勉強に加えて、野菜の目利きもできるようにならなければいけませまん。
▽F1

 多くの野菜は、F1品種になり、1年中栽培できるようになっています。かつて、だいこんは5〜6月になると終わりでした。今から約40年前は、夏にだいこんは売らなかったし、買いに来る人もいませんでした。ところが、F1交配により、夏でもだいこんが作れるようになりました。また、昔のだいこんはスが多かったのですが、今のだいこんは、スが入っていません。

 F1というのは、伝統品種と伝統品種を掛け合わせた一代交配雑種で、ハイブリッドともいいます。両方の親のいいところを取っていますが、タネを採って蒔いても、親と同じものは出てきません。バラバラのものしかできないんです。ただ、F1は揃い抜群ですから、ほうれん草をハウスで作ると、35〜40日で20センチくらいでしょうか、ほとんどが同じように揃って伸びます。畑では、風通しや日当たりによって伸び方が全然違います。私が子どもの頃は、近郊農家の露地栽培で、ほうれん草は冬場だけしかできない野菜でした。でも、すごくおいしかったのを覚えています。食品成分表に載っているほうれん草の栄養価も、昔は露地ものを測っていたのですが、夏場にもほうれん草が出回るようになり、その栄養価は冬場の半分以下だそうです。今、「旬がない」などと言う人もいますが、1年中同じような野菜が出回っているから、わからなくなってしまっただけだと思います。

▽ねぎ
 ここに、「A」と「マルB」と書かれたねぎがあります。どちらがいいねぎだかわかりますか? 「A」は2級品です。今、いろいろな野菜が「F1」(一代交配雑種、ハイブリッド)になっていますが、最後までタネ屋泣かせだった野菜がねぎです。ねぎはトウ立ちが進むのがとても早い野菜で、お彼岸を過ぎ、桜の花が咲く頃になると一斉にトウが立ちます。トウが立ったねぎはかたく、中はストロー状態で、食べられたものではありません。あとで、このねぎを触ってみてください。かたいのがよくわかると思います。この時期、立派な太いねぎを選んではいけません。等級だけ判断せず、品物を見なければいけません。
▽キャベツ
 若いキャベツは茎までやわらかく、おいしく食べられます。中に花を持って、芯が上がってくると、頭が裂け、茎がかたくなります。切ればわかるので、お客さまには、半分に切って売られているキャベツの断面を見なさい、と言っています。では、八百屋は市場でどういうキャベツを選べばいいのか。ある程度巻いていて、軽すぎず、重すぎないもの。重すぎると、トウ立ちしていることがあります。お客さまは、かたいキャベツを1個買ってしまったとしても、諦めてよく炒めるとか煮込めばいいかもしれません。八百屋はしっかり目利きしないと、お客さまに迷惑がかかります。それが何回か続くと、「あの八百屋はダメだ」と言われてしまいます。
▽ブロッコリー
 今の時期に出回っているブロッコリーは、冬場のものとは品種が違います。黄色くなりにくい品種で、粒が大きくポソポソしています。私はこの時期のブロッコリーは食べませんが、葉ものよりブロッコリーのほうがよく売れますから、商品の価値としては冬のブロッコリーよりはるかに低いものに高い値がついている、ということを知っておいてください。値段が高いからおいしい、ということではありません。たくさん売れば儲かるかもしれませんが、多くの人にあまりおいしくない野菜を食べさせることになってしまいます。ですから、それほどチカラは入れず、今は、新キャベツ、たけのこなどを売らなければいけない時期だと思ってください。
▽たけのこ
 たけのこは、今日、金沢と静岡の2種類が並んでいます。つい1週間ほど前までは、静岡のたけのこが最高でした。それがわずかな期間で変わります。たけのこは穂先が土から出る前のものがいい。土から出ると、すぐに青くなります。穂先が黄色いのは土の中にあった証拠で、ずんぐりしていて、中がやせていません。長くてスタイルがいいたけのこは、かたくてえぐみが強く、皮ばかりです。たけのこは水分が多く、鮮度が重要です。昔はカゴで市場に来たため、たけのこ売り場は水だらけでした。10キロのたけのこを半日置いておくと水が出て8キロになるくらいです。本当は朝堀りのたけのこを午前中にゆでるのが一番なのですが、たけのこを午前中に買って、昼までに下ゆでして、煮物にして夜食べる、なんていう人はほとんどいなくなりました。八百屋としては、たけのこは1日で売り切るようにしなければいけません。もし、夕方になって売れ残ったら、全部ゆでて販売することです。売る側が手をかければ、生より高く売れて、お客さまも喜んでくれます。うちの店は、毎日たけのこをゆでています。ゆでたたけのこは、水に入れておけば1週間くらいは食べられます。ただ、たけのこはアクが命で、特有のえぐみがいいのですが、置いておくと、アクは抜けていきます。たけのこは漢字で「筍」と書く通り、まさに旬の申し子です。1年に1回、この時期にしか味わえない旬の味覚を、ぜひお客さまにすすめてください。
▽トマト

 タキイ種苗のトマト「桃太郎」は、全部同じではありません。ヨーク、ジャンボ、エイトなど、24品種あります。花が咲けばなんとか実がなるので、冬は低温の中でも花が咲く品種というように、季節などに応じて使い分けています。

 トマトは毎月どんどん変わるので、昨年度の八百屋塾では、毎月2品目ずつトマトを食べくらべていました。その前は、たくさん出回る4〜5月頃にトマトを勉強していたのですが、この時期のトマトは水っぽく、あまりおいしくありません。

 いい八百屋さんの条件は、おいしいトマトとカボチャを売ることです。トマトは多種多様なアイテムが市場にあります。その中から何を選ぶか、自分の店のお客さまにはどのトマトが合うのかを見極めることが大切です。トマトのおいしさは甘みと酸味のバランスで、糖度が4度あれば普通のトマト、5度あればまあまあ、6度あるとおいしいトマトでしょう。9度以上のものをフルーツトマトといいます。水をしぼって作れば糖度は上がるのですが、実は小さく、皮はかたくなります。皮がかたいなら湯むきして食べればいいのですが、そのまま食べる人がほとんどですね。私は北海道の生産者に、「糖度9度になると高いし皮がかたいので、5〜6度のトマトを作ってほしい」と、お願いしています。夏場は毎日のように送ってくれ、夏の終わり頃、トマトがなくなってくる時期によく売れます。われわれ八百屋塾の仲間がみんな買って、育てた商品です。

▽雪下にんじん
 新潟、津南の「雪下にんじん」も、八百屋塾の仲間が買って育てた野菜のひとつです。通常、にんじんは夏の終わりにタネを蒔いて11月頃に収穫します。ある年、津南で、雪が早く降り、にんじんが掘れなくなってしまいました。仕方ないのでそのままおいて、春になってから掘ってみたところ、すごく甘いにんじんになっていたそうです。雪の下にあると凍らず、湿気があるので傷んだり乾燥したりしません。いわば、ケガの功名です。うちの店では、1本150円で週に4ケースも売れる商品です。北海道、道南地方の「雪下にんじん」は、秋に掘ったものをコンテナに入れて雪室で保存したもので、津南のものとはちょっと違います。
▽きゅうり

 かつて、農業は「タネ蒔き半分」といわれたように、タネから苗にするのが難しかった。今、苗は農協から買う時代です。きゅうりは自根栽培だと5〜6割しか芽が出ませんが、かぼちゃの台木に接木した苗は、100本植えれば100本育ちます。埼玉県の試験場にいらした稲山光男先生は、長さ20センチのきゅうりを作りました。なぜ20センチかというと、のり巻きを作るときの、のりの幅だからだそうです。また、今のきゅうりは、ほとんどがピカピカ光っていて白い粉のついていないブルームレスきゅうりです。ブルームの頃、「きゅうりの命は3日」といわれていました。採ってから3日間は特有の香りがある。シャキ感と香りがきゅうりの命ですから、香りがなければ価値は半分です。八百屋は古いきゅうりを売らないようにがんばっていたのですが、ブルームレスになって日持ちが良くなり、1週間経ってもピカピカのままです。扱いやすくはなりましたが、どこで買っても同じになってしまいました。

 1980年代、果菜類で売上金額No.1はきゅうりでしたが、1985年(昭和60年)頃、トマトに変わりました。家で漬物をしなくなったこともあり、きゅうりを5本、10本とか、箱で買う人がいなくなった。今はサラダの飾りに少し使うくらいなので、3本でも多すぎるくらいです。1本だけいいきゅうりがほしい、と言われます。ですから、きゅうりが多少高くなっても、お客さまは何も言いません。トマトは洗うだけで食べられて、今の時代に合っているので、消費量が上がっています。量ではキャベツやだいこんにはかないませんが、金額ベースでは、野菜はトマト、果物はいちごが売れています。

▽かぶ
 今日のために、市場でトウ立ちのかぶを探したのですが、どこにもありませんでした。ひねたもの(温度が上がってきて老化したもの)とそうでないものを持って来たので、比べてみてください。かぶは、首を見れば若さがすぐにわかります。首が畑から出ているので風雨に弱く、採り遅れるとすぐに老化します。2月頃はピンポン玉のように真っ白です。ただ、F1のおかげで、お彼岸過ぎても、ずいぶん良くなりました。昔は3月にはトウが立ったものです。今はトウ立ちがないので、一見ひねたように見えるかぶでも、食べられます。かぶ、キャベツ、小松菜など、黄色い花が咲くアブラナ科の野菜は、3〜4月は花が咲いてトウ立ちする時期です。
[八百屋の匠から塾生へ]
 私は今年で八百屋をやって50年になります。最近は市場に行っても画一的な品物ばかりで、今まで勉強したことが活かせなくなってきたので、あまり面白みがなくなってきてしまいましたが、八百屋さんはもちろんスーパーの方も、お客さまに「どうせお店の人に聞いてもわからない」などと思われないように、努力をしないといけません。「今日はコレ買ってって! これこれこういう理由でおいしいから」とおすすめした野菜がおいしかったら、また来てくれます。それが続けば、「あの店のものはいつもおいしい」と、いわれるようになります。また、店は休まなければダメです。地域のお客さまを全部独り占めしよう、などというのは浅はかな考えで、やめたほうがいい。ときどきはよその店で買ってもらって、味を比べてもらうことです。

 お店というものは、何かカラーがないと集客できません。毎日、市場から持って来たものだけではダメなんです。うちの店では、津南の「雪下にんじん」と、名人が作った清瀬のセロリを扱っています。ほかの店では売っていない商品です。おいしさが分かればリピートが来る。ただ、いくらこだわりがあるといっても、他の店と9割も違う品揃えはできませんから、何か特色を出すといいでしょう。

 市場で昨日買った商品がよかったからといって、今日もいいという保証はありません。毎日、目を通さなければいけません。私が教わったのは、とにかくマメに動くこと。箱にある番号とか生産者の名前を覚えておくといいと思います。世の中の相場はありますが、八百屋は自分で値段が決められる面白い商売です。いいモノを持ってくれば、多少高くても売れる。「あんちゃん」、「ねーちゃん」(先に生まれたもの)、「おひや」(冷蔵庫に入れたもの)は、目利きのできる人間なら絶対手を出しません。お客さまが何を買ってもいいように、八百屋が見極めた商品を店に並べてあげれば、「あの八百屋さんは何を買っても大丈夫」と言われるようになります。そのために八百屋塾で勉強をするわけです。

 今、少人数の家庭が多いので、だいこんは1本あれば1週間くらいもつのではないでしょうか。うちの店では、3Lを半分に切って売っています。ちょっといいスーパーに行って見てみると、10センチくらいに切ったものが並んでいます。だいこん1本なんて、置いてありません。鍋いっぱい煮るわけでもないし、薬味や味噌汁の具に使うぐらいなら、それでいいんです。キャベツも半分のものがよく売れます。半分でも、たくさん売れば利益はいっしょです。

 よく勉強して、お客さまに、おいしいものはおいしい、ときちんと説明できる八百屋さんになってください。自分が商品をよく知れば、店のグレードも上がると思います。1年間、毎月日曜日の朝早くからここで勉強するのは大変かもしれませんが、新しい発見や、気がつくことが必ずあるはずです。専門家の話も聞くことができるので、しっかり勉強してください。

【八百屋塾2016 第1回】 挨拶講演「なぜ野菜の勉強が必要か?」勉強品目食べくらべMr.八百屋のここだけの噺