■2017年1月15日 第10回 だいこん・いちご 〜 講演「だいこん」について 神奈川県農業技術センター 生産技術部 北浦健生氏
◇はじめに
  • 神奈川県は東京の南側に位置し、相模湾に面しています。三浦半島でかなりの量のだいこんを作っています。国の指定産地にもなっており、この時期の主要な産地のひとつです。

  • 今日は、だいこんの来歴、日本のだいこん、品種・地方品種、だいこんの食文化・お供え物、保存・見分け方、かぶとの違いなどについて説明したいと思います。
神奈川県農業技術センター 生産技術部
北浦健生氏
◇だいこんとかぶの違い
  • だいこんはアブラナ科の作物です。学名は「Raphanus sativus」といい、染色体数は18本。イネの半分よりやや少ないくらいの遺伝情報を持っています。キャベツ、小松菜などもアブラナ科で、だいこんと小松菜の雑種は難しいのですが、キャベツとの雑種は作れます。

  • かぶもアブラナ科の作物で、学名は「Brassica rapa」といいます。「rapa」には、かぶのほか、小松菜、白菜、水菜なども入ります。染色体数は20本、だいこんよりやや多くなっています。

  • だいこんとかぶの一番大きな違いは、肥大する部位です。だいこんは名前の通り、主に根を食べます。ただ、青首だいこんの地上部に出ている青い部分は「胚軸」といって根ではありません。学校では「だいこんは根を食べる」と習いますが、じつは、根と胚軸を食べているわけです。かぶは、茎に当たる部分、胚軸が主になっています。でも、下のほうには根が生えていて、その部分もかぶとして食べています。どちらも根と胚軸を食べるのですが、肥大している部分が、根が中心なのがだいこん、胚軸が中心なのがかぶで、食感の違いは利用している組織が違うためだと考えられます。品種によっては、かぶにしか見えないだいこんもあるので、見分けるのが難しいこともあります。

  • もうひとつは、タネの大きさ。だいこんは大きく、かぶは小さいという違いがあります。
◇だいこんの来歴
  • 原産地は、コーカサス、中央アジア、中国など諸説あり不明ですが、ユーラシア大陸の真ん中あたりではないか、と考えられています。

  • 日本には、1250年以前に中国から渡来したといわれています。『日本書紀』(720)に仁徳天皇の詠歌の記述があることからも、相当古くに伝わった作物だと思われます。

  • だいこんの英名「radish」は、ラテン語の「radix(根)」からきています。学名「Raphanus sativus」の「Raphanus」は、「rha(容易に)+phainomai(生え育つ)」、「sativus」は、「栽培されている」という意味です。

  • 日本での呼び名と表記は、最初は「於朋泥」(712〜720『古事記』、『日本書紀』)、平安中期からは「大根」と書いて「おほね」。室町時代の1336年頃から、「大根(だいこん)」になったとされています。
◇だいこんの栽培について
  • 作型は、秋にタネを蒔き、収穫は12〜3月なかばまで。去年も一昨年も雨が多かったので、生産者はタネを蒔く時期に苦労したようです。

  • 春先のだいこんは、これからの時期、トンネルや上によしずをかけたりして、寒さ対策を行わなければいけません。もっと先になると、マルチをして地面の温度を上げる栽培が行われます。

  • 夏蒔きの栽培は、神奈川ではしていません。北海道、青森などで行われています。

  • 植物が花を咲かせるには、大きく3つの要因が関係します。ひとつは、基本栄養生長相といって、ある程度からだが大きくなること。そのあと、寒さを感じると花芽ができ、日長を感じて花が咲き、タネができます。植物には花が春に咲くものと秋に咲くものがありますが、だいこんは寒さと日が伸びるのを感じて花が咲くのに対し、イネは暑さと日が短くなるのを感じて花が咲きます。

  • だいこんはタネを蒔いて水を吸った瞬間から温度を感じやすいので、できるだけ寒さにあてたくありません。そういったことを考えた上で、栽培体系ができています。秋に蒔いて、ある程度からだを大きくして、まだ寒さにあたったり、日が伸びないうちに収穫するのが、最も安定した生産方法です。

  • 主に根を利用する作物には、だいこんのほか、にんじん、ビートなどがあります。だいこんを輪切りにすると輪になった層が見えると思いますが、これを形成層といい、外側を師部、内側を木部といいます。木部は木と同じで、周りに分裂組織があり、中は生育が終わった組織のかたまりです。ある程度大きくなった段階で養分が行かないと、中にすが入ることがあります。要は、老化現象です。だいこんとにんじんは木部の大きさが違うので、老化現象の現れ方も違い、だいこんのほうがすが入りやすい。ビートは、何層かの輪っかがきれいに見えると思いますが、白い部分が形成層、各形成層の外側にあるのが師部、内側にあるのが木部になっています。

  • だいこん栽培の留意点として、す入り、岐根(また根)、裂根(根割れ)が挙げられます。す入りは老化現象で、品種によって違いがあります。岐根というのは、人間のような不思議な形になってしまうことで、先端が未熟な堆肥や石などと接触すると出る症状です。裂根は、土壌の乾湿の変動によって起こりやすく、ある程度乾燥したあとに雨が降ると根が水を吸って急激に大きくなるのですが、中のほうの成長が周りより早いと、耐えきれずに割れてしまいます。また、品種によっては、洗っていると音を立てて割れてしまうことがあります。これについては、朝一番に収穫するのはやめるとか、湿度が少し下がった状態で収穫することで、対応しています。
◇だいこんの成分
  • だいこんは、元となるグルコシノレートが酵素のはたらきによって辛くなります。細胞が壊れると辛み成分の辛子油が出ます。植物が自分自身を守るために持っている物質です。辛子油の量や、酵素の能力の違いによって、辛いだいこん、甘いだいこんという違いになります。

  • 赤いだいこんの赤色色素はアントシアニンです。植物界に広く存在し、赤から青のものはほとんどがこの色素です。ブロッコリースプラウト、ぶどうなどにも含まれており、いずれも抗酸化作用がありますが、そのほかの効果については、それぞれのアントシアニンによって異なります。
◇だいこんの品種
  • 栽培されているだいこんは、欧州品種群、中国品種群、日本品種群に大別されます。また、みの早生群、宮重群、練馬群、聖護院群、二年子群、時無群といった群が成立し、今にいたっています。

  • 「みの早生」は、しりが流れる円筒形です。総太りの青首だいこんの元になった「宮重」は、円筒形で、青首の部分が抽根します。「聖護院」は、丸だいこん。「練馬」は長大で、「練馬細尻」、「三浦」、「秋つまり」 、「大蔵」などがその流れをくんでいます。「二年子」、「時無」、「極晩生」のほか地方品種も多数ありますが、これらはあまり流通にはのっていません。

  • 「三浦だいこん」は練馬系のだいこんで、1925年(大正14年)に正式に命名されました。三浦市農協での育種は、1971年(昭和46年)から。大きくて長く、首まで白いだいこんで、下部が太い形を「中(なか)ぶくら」といいます。青首に比べると抜くのが大変ですが、寒さに強く、肉質が緻密でなますに適するので、年末に向けて需要が高まります。

  • 三浦だいこん系には「中葉」や「春系三浦だいこん」、サラダ専用品種として三浦とアメリカやドイツなどの外国品種を交雑した「レディサラダ」、「ニューレディサラダ」、皮が桃色の「小桜」、薄桃色の「淡桜」といった品種もあります。

  • 「方領だいこん」は古来尾張の名産で練馬群の原種とされ、非常においしいのですが、あまり作られていません。形が曲がっていて、先が「亀戸だいこん」のようにとがるのが特徴です。

  • 「源助」は、短くて尻づまり、「大蔵」が短くなったような形のだいこんです。1942年(昭和17年)、石川県金沢市打木町の松本佐一郎氏が育成したもので、もとは宮重系、井上源助氏から譲渡されたものなので、「源助」と命名されました。肉質がやわらかく、表面がなめらかで、ぶりだいこん、風呂ふきだいこん、おでんなどにおすすめです。「三浦」と同じで、割れやすいだいこんです。

  • 「聖護院」は、尾張から奉納された「宮重」を、文政年間(1818-30)に田中屋喜兵衛が改良したもので、明治期に現在の球形状になったといわれています。煮もの、風呂ふきなどに向きます。これも割れやすい品種です。

  • 緑色の「ビタミンだいこん」は、中国から導入されたもので、根より胚軸のほうが大きいのが特徴です。辛みは少ないので、生食に向きます。表面が緑で中が赤い「紅芯だいこん」も中国がルーツです。こちらも辛みが少なく生食向きで、カービングに利用するととてもきれいです。これらは、だいこんのバリエーションを増やすには、すごくいいのではないかと思います。
◇品種の交代
  • 「三浦だいこん」はかつての主要品種でしたが、1979年(昭和54年)10月19日の台風20号による被害が甚大で、被災後の蒔き直しに「青首だいこん」を採用したところ、数年で移行したといわれています。

  • 青首に交代した理由は、遅蒔きでも収穫できたこと、真っ直ぐな総太りで根と土が接合する部分が少ないため収穫作業がラクで、箱詰めしやすかったことなどがあります。使う側としては、火の通りが早い、大きさがちょうどいいなどの理由で、あっという間に広まりました。

  • F1品種は、雑種強勢で、形質が均一であること、生産者の自家採種が不可といった点が品種育成における強みです。固定種は、形のいいものを畑に残してタネを採るのですが、形をよくするために弱くなることがあります。F1品種は、2種類の親の交配によって採れたタネを栽培しますが、そこからもう一回タネを採ると、分離といって、同じものはできません。種苗会社にとってはそれが魅力のひとつですが、親のタネを採り続けなければならないため、なかなか大変です。

  • F1品種を作るにあたり、花粉が自分のめしべについてしまったら、生産者が自分でタネを採るのと同じことになってしまいます。これを防ぐには2つの方法があります。ひとつは、だいこんは自分の花粉がついても実がならない「自家不和合性」という性質があるので、この性質を利用して、親A、親Bを並べて栽培し、花の時期を合わせる方法。もうひとつは、「雄性不稔性」といって、おしべに花粉ができない系統を使う方法です。これなら、2つの間の雑種が必ず採れるというわけです。だいこんは、どちらの手法も行われています。

  • だいこんはひとさやあたりの種子数が少なく、同じアブラナ科の小松菜や白菜の20粒に対して2〜3粒程度、多くても5〜6粒が限界です。また、だいこんは間引きをして栽培するので、キャベツや白菜に比べ、使用するタネの量が多い。白菜はアールあたり40mlで済みますが、だいこんは4倍くらい必要です。F1になるとタネが少し増えるので、やや揃いは悪くなりますが、F1同士の交配をしてタネを採るという作業が行われています。
◇青変症について
  • 外からではわかりませんが、中が青くなる症状のことを「青変症」といいます。青くなる物質Aと過酸化水素があるところに、パーオキシダーゼという酵素が関与してAがA'になることで起きるもので、インドール型グルシノレートの酸化物質ではないかと考えられています。

  • 青変症が出やすい品種では、貯蔵温度20℃で5日後に7〜8割に発生し、温度を10℃にしても、もとには戻りませんでした。また、「福誉」という主要品種で、収穫日を変えても発生することがわかりました。

  • 三浦半島には月ごとに作型があり、それぞれ使う品種が決まっています。品種別にどれくらい青変症が発生するかを調べたところ、「福誉」は高く、「冬ひびき」、「冬人88」、「春の浦」にかなり出て、「そろった根」、「徳誉」、「青誉」、「夢誉」にはまったく出ませんでした。品種の違いが大きく、遺伝的なものが影響していると考えられます。こうしたことを考慮して、次の品種が育成されています。

  • だいこんの栽培時、20℃になることはまずありません。今の時期、地温は20℃にはなりませんし、洗うときの水や乾かすときの温度も、流通時も20℃になるとは考えにくい。どこで青変症が発生するのかというと、たとえば家庭で食べきれずに保存しておいたときなどが考えられます。
◇「湘白」について
  • 「三浦だいこん」は白首でとてもきれいですが、抜く作業が大変です。白首で総太りの品種を作れないか、ということで、神奈川県農業技術センターが開発したのが「湘白」です。

  • 地方の試験場が品種改良をする理由には、周辺に直売所が増え、特徴のあるものを売りたい、と言われるようになったことがあります。「青首だいこん」一辺倒で、「三浦だいこん」のような特徴のあるものがあるのにあまり作られていません。「三浦」の欠点を補うような品種改良をして、地域振興につなげたいと、「湘白」を開発しました。だいこんだけでなく、同様に、当所では、ねぎ、なす、トマトなども品種改良をしています。

  • 野路さんという県内の生産者が「三浦だいこん」から育成した「晩野路」に、同じ品種群の「大蔵だいこん」をかけて、総太りのだいこんを作りました。どちらもおいしいだいこんで、「大蔵」には病気に強いというメリットもありました。さらに神奈川県内に本社がある種苗会社、横浜植木と共同で品種育成をすすめました。

  • 「湘白」を、「耐病総太り」と比べたところ、遜色ないことがわかり、品種育成をすすめました。「湘白」は糖含量が高くて甘みがあり、アスコルビン酸が少なく、破断応力が若干高い(かたい)のが特徴です。伊勢原、厚木、三浦で試験栽培し、どこでも作ることができたのと、試作に協力してくれた農家さんから「また作らせてほしい」と言われたので、これはいける、と品種にしました。
◇質疑応答より

    Q:「湘白」はF1なのですか?
    A:横浜植木が一方の親を作り、私どもが「大蔵」×「晩野路」でもう一方の親を作って、かけあわせたF1品種が「湘白」です。

    Q:その昔、伝統品種のだいこんはす入りがあたりまえでした。「湘白」はF1ですが伝統品種に近いとなると、す入りはどうなのですか?
    A:「湘白」はすが入りにくい品種です。すが入るのは、基本的には老化現象です。採り遅れて真ん中に栄養がいかなかったとか、花を咲かせてタネを作るときに多く見られます。伝統品種がすたれてきたのには何か理由があって、そこは改良しないと安心して作ってもらえません。懐かしいとか、こんな調理に向くとか、いい特長は生かして、品種改良をしていきたいと考えています。

    Q:「湘白」は、青変症は発生しますか?
    A:「湘白」は青変症になりにくい品種です。品種によって、出やすい、出にくいがあるのですが、元になる物質が多いか少ないか、パーオキシターゼの能力が高いか低いかが関係していると思われます。

    Q:昔は、だいこんを1本買うと、上が甘くて下が辛いものでしたが、最近はあまり差がないような気がします。それはなぜですか? また、だいこんおろしは、汁が特に辛いのはどうしてですか?
    A:全般的に、辛みよりも甘みが際立つような品種のほうが多くなっているのかもしれません。辛みは、元となる成分と酵素の関係で成り立っており、そのどちらかが欠けていて辛みが出ない品種があります。辛いだいこんおろしが好みなら、「辛みだいこん」を使ったり、組織をできるだけ細かく潰したほうが辛くなるので、おろし金を変えてみたりしてはいかがでしょうか。辛みを発生させる化学反応は、液体の中でしか起こりません。だいこんおろしの汁が辛くなるのはそのためです。

    Q:昔ながらの固定種の「三浦」を栽培している方はいるのでしょうか?
    A:いると思います。

    Q:F1品種の採種方法で、自家不和合性と雄性不稔性という性質があるとのことでした。自家不和合性はなんとなく理解できるのですが、花粉が出ないという性質は普通ではない気がしました。そういうものを親として使っても問題はないのでしょうか?
    A:近親交配が進むと弱くなるのはよく知られているので、自家不和合性は理解してもらいやすいと思います。雄性不稔性については、利用されてから時間がかなり経っていることと、もともとだいこんの中から変異で見つかったものであり、人為的に作ったわけではないので、使っても問題はないと考えています。

    Q:直売所向けの品種開発というのは、どういうことを目標にされているのですか?
    A:その地域に根づいてきた品種があるのに、忘れられていたとか、あまり作られなくなっているケースが多いと思います。それを増やすために、素材として使い、作りやすくするのがひとつの目標です。作物としての物語をプラスして販売ができるように心がけています。

 

【八百屋塾2016 第10回】 挨拶講演「だいこん」について」|勉強品目「だいこん」「いちご」|食べくらべ