■2015年1月18日 第10回 だいこん・中晩柑 〜 講演「だいこん」について 神奈川県農業技術センター 北浦健生氏
◇神奈川県の農業の情勢
  • 神奈川県は、人口が900万人、東京都に次いで第2位です。農業産出額は全国35位ですが、野菜に関しては17位で、農業生産の内訳では、野菜が半分以上を占めています。全国平均では野菜は1/4ぐらいなので、野菜だけをみると順位が大きく上がります。

  • 神奈川県では、年間280万人分の野菜を作っており、都市近郊での野菜生産として果たしている役割は大きいと思います。

  • 神奈川県で多く作っている野菜は、小松菜、だいこん、キャベツ、かぼちゃ、ほうれん草など。だいこんは全国6位です。
神奈川県農業技術センター 北浦健生氏
◇だいこんの来歴
  • だいこんは、アブラナ科の作物です。

  • 学名は、「Raphanus sativus」といい、「Raphanus」は「容易に生えて育つ」、「sativus」は「栽培されている」という意味です。

  • 染色体数は18本。キャベツと同じ本数なので、だいこんとキャベツは掛け合わせることができます。上がキャベツで下がだいこんになるかというと、そうはいかないのですが、途中まで植物として生きていくことはできます。

  • 原産地は不明ですが、エジプトでピラミッド建設の労働者の給与として与えられていた、という記述があることから、中央アジアやコーカサスあたりではないか、と考えられています。

  • 日本には中国から渡来しました。日本書紀に記述があるので、720年頃には入っていたとされます。「於朋泥」から「大根(おほね)」となり、それが「大根(だいこん)」と呼ばれるようになった、といわれています。
◇だいこんの特性と栽培の留意点
  • だいこん、にんじん、ビートなどを輪切りにすると、師部、木部、形成層に分けられます。だいこんは木部が長く、にんじんは師部が発達しています。

  • だいこんのす入りは、木部に穴が空く現象で、筋っぽくなり、おいしくなくなります。だいこんは木部が大きく、す入りが出やすいのですが、にんじんは木部が小さく、ビートは同心円状になっているので、あまりす入りは見られません。

  • す入りは、老化現象の一種で、品種間差がありますが、生育の早い品種に出やすい、といわれます。

  • 裂根(根割れ)は、縦に割れたもので、流通にはのりません。土壌が乾いたり湿度があったりを頻繁に繰り返す畑で出やすいので、品種というよりも栽培上の問題です。

  • 岐根(また根)は、石があったり、有機物が未熟だったりすると、そこにあたった根の先端が2つや3つに分かれてしまいます。ただ、しっかりと育つ能力は持っているので、分かれたものがそれぞれ太って、変わった形になります。これも、きちんとした土を作れば問題ありません。

  • だいこんの特徴のひとつが「辛み」です。細胞の中に分かれて存在している酵素と配糖体が、細胞が壊れることによって混じりあい、辛みが生まれます。細胞を細かくすりおろすほど、辛みが出ます。また、品種によって、配糖体の量と酵素の種類が違うので、辛さも違います。小さなねずみのようなだいこんをできるだけ細かくすりおろせば、より辛くなります。

  • 赤いだいこんの色素は、基本的にはアントシアニンです。植物界に広く存在するフラボノイド系色素の一種で、抗酸化、抗がん作用がある、といわれています。ブルーベリーのアントシアニンは目にいい、といわれてよく知られています。ナス科のナスニン、黒大豆、ごまの黒もアントシアニンです。色が青から赤まで出せるのがアントシアニンで、だいこんのアントシアニンは、ペラルゴニジン系です。

  • アントシアニンは細胞の中の液胞に入っており、酸性で赤、アルカリ性で青と、リトマス試験紙と同じ反応をします。酢の物にすると全体がきれいな赤色になるのは、アントシアニンが全体に回るためです。
◇だいこんの栽培について
  • 植物は、ある程度大きくなってから温度を感じて花芽を作り始め、開花には日長が必要です。そして、タネを作って一生を終わりますが、だいこんの場合には、タネの段階で温度を感じるので、タネを蒔いて水を吸ったときから低温にあたると、花芽を分化する能力をもってしまいます。一方、キャベツは、葉が何枚か出てから低温を感じて、冬を越してから日が長くなってきたところで花が咲きます。

  • だいこんの栽培は、神奈川県の場合、9月にタネを蒔き、12〜3月に収穫すると、低温にかからなくて済み、日も短いので、抽苔を考えずに、安定して栽培できます。三浦半島では、この時期に栽培が行われています。

  • 4〜5月に採る場合は、低温にかかる時期にタネを蒔きますから、トンネルをかけて地面を温めたあとにタネを蒔きます。

  • 3〜4月の春蒔きのものは、地域を選んで、低温にあたらないところで、早めに採りきる、という栽培を行います。
◇青変症について
  • 青変症は、輸送・保管中に発生する生理障害で、だいこんの中が青くなる症状です。いちばんの問題点は、外からは見えないことです。

  • 青変症の青色は、アントシアニンではない、ということが少し前にわかりました。青首だいこんの緑色が中に入ってしまうわけでもありません。

  • ここ数年、研究が進み、まずは、青変症を再現する試みが行われました。その結果、過酸化水素をだいこんにかけると青くなることがわかりました。だいこんを搾ったろ液でも同様に青くなるので、細胞の中に存在にしている何かが影響している、と考えられました。

  • パーオキシダーゼという酵素の関与が考えられたので、ホースラディッシュの酵素で実験したところ、青変症が再現されて、パーオキシダーゼの阻害物質を処理すると、青い色は出ませんでした。パーオキシダーゼは、過酸化水素を水に分解するときに反応を進める酵素ですが、もともと透明な「物質A」というものがあり、それがパーオキシダーゼに反応して青くなるのが青変症だと考えられています。

  • もうひとつ、ろ液の中の物質をひとつひとつ調べたところ、メタノールによく溶けるものが関与している、ということもわかってきました。

  • 青変症は、温度帯が20℃で発生しやすく、収穫後、輸送中に、温度が高い状態だと出やすいので、温度に気をつける必要があります。

  • 三浦半島にある私どもの試験場で、毎年5回行っている品種検討会で、青変症が出やすい品種があることがわかりました。特定の種苗会社の品種に偏っているわけではないので、育成・選抜の過程で注目されなかった何かが問題として表に出てきたのではないでしょうか。まだ途中段階ですが、研究が進めば、いずれ克服されると思います。
◇だいこんの品種
  • だいこんの原産地だと考えられている地中海沿岸では、野生種から栽培種まで、広く分布しています。だいこんの栽培種については、欧州、中国、日本という3つの系列に大きく分けられます。二十日だいこんには、欧州と中国のものがありますが、日本では、欧州のものが使われています。日本の品種群としては、宮重、みの早生、練馬、聖護院、二年子、時無があります。形は丸いもの、長いもの、太いものなどさまざまです。

  • 品種群を詳しくみると、みの早生は、しりが流れる円筒形。今の青首のもとになっている宮重は、円筒形で青首、抽根します。宮重の中にも白首のものがあるそうですが、病気に弱いため、表には出てきませんでした。宮重と練馬はけっこう近い品種です。どちらも尾張から全国に広まっていきました。

  • 「三浦だいこん」は、練馬系のだいこんです。「三浦だいこん」という名前がついたのは、1925年(大正14)年だそうです。1971年(昭和46年)、2系統の交雑により、現在の形になりました。白色で首がやや細く、中ぶくら型、しりは流れるのが特徴です。肉質が緻密で、煮物、なますなどに向くので、出荷は年末に限定されていますが、需要があります。ただ、太さ、長さ、重さのため収穫しにくいので、出荷期間は限定されています。

  • 「三浦だいこん」は大きすぎるということで、1982年(昭和57年)頃、小さなだいこんを作る狙いで、「三浦だいこん」の中で、品種の育成が進められました。

  • サラダ専用という新しい用途の赤いだいこん「レディーサラダ」、「ニューレディー」、「小桜」、「淡桜」などは、「三浦だいこん」をベースとして、アメリカやドイツなど外国の品種と交雑したものです。

  • 「方領だいこん」は、練馬群の原種で、宮重群の祖先でもあります。タネは売っており、非常においしいのですが、先が細くて曲がっているのが難点です。地方創生という意味では、今後、使えるだいこんかもしれません。

  • 「源助だいこん」は、加賀野菜の一種で、松本佐一郎さんが1942年(昭和17年)に育成した品種です。愛知の井上源助さんから宮重系のタネをもらい、金沢の「打木だいこん」と交雑したものの中から、円筒形で肉質がやわらかく、表面がなめらかな品種を選抜していったといいます。ぶりだいこん、風呂吹きだいこん、おでんなどに向きます。

  • 「源助だいこん」、「三浦だいこん」は、割れやすいだいこんです。抜いたあと、洗っているときなどに割れやすいので、取り扱いに注意が必要です。

  • 「聖護院だいこん」も割れやすいだいこんです。聖護院に住む田中屋喜兵衛さんが改良に取り組み、この名前になりました。宮重系の長いだいこんが、丸い形になったのは、明治になってから。耕土の浅い京都で、このような形になったそうです。煮物、風呂吹きなどに向きます。

  • 「ビタミンだいこん」、「紅芯だいこん」は、中国から導入されたものです。「ビタミンだいこん」は、地下部は白くて短く、地上部は緑色で長いだいこんです。「紅芯だいこん」は、中国では祭事に使われることが多いそうです。表面が緑、中間が白く、中が赤くてきれいなので、カービングなどに使われます。単に切っただけでも、サラダに入れると非常にきれいです。どちらも辛みは少なく、生食向きです。

  • 「青首だいこん」は、1979年(昭和54年)の台風がきっかけで、東日本に入ってきました。それまでの練馬系が、台風で一掃され、そのあと蒔き直しで入ってきたものです。収穫しやすく、甘くて口当たりがいい、火の通りがいい、おろしにしてもおいしいなど、オールラウンドなだいこんだったので、広く作られるようになりました。




◇だいこんのF1品種について
  • だいこんは、雑種強勢の利用と、形質が揃うという理由で、F1の品種が主流になっています。

  • F1品種は、AとBという系統を作り、それを親に作ります。

  • F1品種を作るには、自家受粉すると困るので、自家不和合性、雄性不稔性という形質を使っています。自家不和合性は自分の花粉がめしべにかかってもタネがとれない性質で、雄性不稔性は、花粉ができない性質です。

  • だいこんは、ひとさやあたりのタネの数が少なく、アブラナが20個ぐらいとれるところ、だいこんは2〜3粒です。また、だいこんは、タネを蒔く量が多く、白菜の10倍ほど必要です。親の系統を維持する必要があり、親についてもF1を作ります。AとB 、CとDという、4系交雑により、F1品種の採種体系を作っています。
◇神奈川県の育成品種
  • 神奈川県の特徴的な品種を作ることを狙い、「湘白」というだいこんを育成しました。「三浦だいこん」を生かし、真っ直ぐで、形が揃っているものを掛けました。食味は「耐病総太り」と比較しても、遜色なしという結果で、甘みがあるのが特徴です。伊勢原、厚木、三浦で試作しましたが、形質は安定しており、問題はなく、生産者の方に栽培を継続したい、といっていただけました。

  • 神奈川県には、だいこんの他に、なす、トマト、ねぎなどのオリジナル品種もあるので、ぜひよろしくお願いいたします。
◇質疑応答より

    Q:青変症のだいこんは、食べると何か問題があるのですか?
    A:食べても問題はありませんが、見た目が悪いので、そもそも食べられていない、という状況です。

    Q:だいこんにすが入っているかどうか、葉を折って確認するという話を聞くのですが、本当ですか?
    A:自分でやったことはありませんが、そういう話は聞いたことがあります。品種にもよりますが、生育が早いものにす入りが発生することが多いようです。

    Q:青変症の研究のところで、ホースラディッシュの酵素の話が出ましたが、ホースラディッシュもだいこんと同じものなのですか?
    A:ホースラディッシュの酵素は、生物の実験でよく使われています。同じアブラナ科の作物なので、酵素としては類似したものとして扱えます。酵素をひとつひとつ純粋に精製するのは大変なので、すでにあるものを使って実験を行った、ということです。

    Q:三浦ではだいこんの霜対策は行っているのでしょうか?
    A:千葉などに比べると三浦のほうが暖かいので、霜対策は特にはしていません。三浦は3月まで、千葉などからはそのあとに春だいこんが出てきます。

    Q:青変症が輸送・保管中に発生するということは、トラックの中などで出るということですか? また、出やすい時期はあるのでしょうか?
    A:青変症がどの段階で発生したかは、わかりません。時間経過を調べてはいないようですが、クレームが出て、収穫時に確認すると出ていないので、温度が問題になっています。11月収穫でも、置いておいたら出ていたので、収穫時期ではなく、品種と取り扱い、周辺環境などが考えられます。産地でも、時期によって品種が変わるので、難しい部分があります。

    Q:すが入るのは、だいこんだけですか?
    A:かぶなどにも入ります。だいこんに比べると出にくいですが、にんじんにも出ることがあります。花を咲かせたり、タネをつけたりして、根に貯蔵していた養分を移すときにすが入りやすくなります。若いうちは出ず、生殖成長に移ると出やすくなります。

 
 

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