■2014年4月20日 第1回 開講式 〜 講演「なぜ、野菜の勉強が必要か? おいしい野菜とは?」 杉本晃章氏

 八百屋塾は、江澤正平先生が創始者です。15年以上前から、淀橋などで勉強会をしていましたが、平成12年(2000年)にこのビルが竣工すると同時に、会議室で開催されるようになったのが始まりです。

 私の店は北千住の東口にあります。約350メートルの商店街に、昔は八百屋と果物屋が9軒ありました。そのうち、スーパーや駅ビルなどができて、この35年間で八百屋と果物屋は全部なくなり、うち1軒だけになりました。

元実行委員長/杉本青果店店主 杉本晃章氏
 なぜ生き残ったのか。それは、八百屋塾で野菜の勉強をしたおかげだと思っています。
ものを売るのに、甘い、安い、新鮮だというのは誰でも言えます。でも、それは、買った人の心には残りません。ここで勉強した蘊蓄を一言加えることで、買った人のイメージは全く変わります。同じ品物を同じ値段で買ったとしても、おいしいような気がするのではないでしょうか。その品物の味や作り方を理解して売るのと、知らないで売るのでは雲泥の差があります。

 これから1年間、八百屋塾では、いろいろな野菜を勉強していきます。今日も、みなさん、初めて見る野菜があると思いますが、八百屋塾のいいところは、そういうものが必ずあることです。果菜里屋の高橋さんに、こだわりをもって品揃えをしてもらっています。果物については、橋本先生に、毎年の作柄、状況をいち早く教えていただくことになっています。

 野菜・果物の味は、その年の気候や作型によって変わります。毎年同じではありません。それを頭に入れてください。今まで、Aという農協のものがおいしかったからといって、それ一辺倒でいいのかどうか。そうした情報を早く得るのが、この八百屋塾です。

 八百屋塾から全国に情報を発信してメジャーになった野菜もたくさんあります。例えば、今日も届いている「雪下にんじん」。かつては全然売れなかったのですが、おいしさをみんながわかってきたので高く売れるようになりました。その他にも、市場で評価が低かったものが日の目を見たというケースが多々あります。常日頃から、お客さまにおいしいものをアピールしていると、お客さまは値段ではなく、おいしさを求めて買ってくれます。

 八百屋塾には、1年間を通して、いろいろな品目が並ぶので、わからなければ聞いて、吸収してください。ほかの店にないものは、よく売れます。よそと同じものを売っているから、安いとか高いとかいわれるわけです。自分の店にしかその品物がなければ、自分がつけた値段が相場になります。

 今日も、「島らっきょう」、「ズッキーニの花」など、めずらしいものが並んでいますから、サンプルとして持ち帰って、必ず食べてみてください。江澤先生には、「キャベツを月に3回は食べなさい」といわれました。そうしないと、味の変化がわかりません。

 野菜を売る人は、野菜を好きにならなければいけません。私もかつてはトマトがあまり好きではなかったのですが、昭和60年(1985年)以降、トマトが野菜の販売売上第1位になり、たくさんの産地から、さまざまな品種が出てくるようになりました。甘くてもあまりおいしくないトマトもあれば、酸味があってすごくおいしいトマトもあります。自分の店がどのトマトをチョイスするのか。自分が食べないと、決めることはできません。お客さまにもそれぞれ好みがあるので、自分の店の顧客の中で、どの範囲の品揃えをするか…。味だけではなく、値段も考慮しなければいけません。トマトが野菜の第1位なのは、それだけ需要が多いからです。今、トマトがいちばん売れます。ですから、売上を伸ばそうと思ったら、野菜はトマト、果物はイチゴを売らなければダメです。

 野菜の第1位は、昭和60年(1985年)頃を境に、きゅうりからトマトに替わりました。昔のきゅうりは、ブルームという粉がついていて、おいしかったのですが、皮がやわらかくて、夏場は2日ぐらいしか持ちませんでした。昭和60年(1985年)以降、キトラ栽培といって、かぼちゃの台木にきゅうりを接ぎ木して作ったのがブルームレスです。それまでは、きゅうりは10キロ箱に入っていて、3日目にはふけてしまいました。冷蔵輸送が発達していなかったこともあるでしょう。売れ残ったら漬け物などに加工して売るなどの工夫をしていました。

 昭和58年(1983年)頃、タキイ種苗の「桃太郎」というトマトが出ました。かつては、トマトの頭の部分、いわゆる「なりくち」が、10円玉くらいの大きさのピンク色になったら、7〜8割はまだ青いまま採りました。それが1〜2日で市場につく頃にいくらか色がついて、店に到着する頃にピンク色になりました。完熟で採るのは不可能だったのですが、それを改良したのが「桃太郎」で、完熟してもあまりやわらかくならないトマトでした。

 ライバルのサカタのタネは、「麗容」、「麗夏」を作りました。これらは、もっとかたいトマトです。栃木県のトマトは8〜9割が、「麗容」、「麗夏」です。

 2〜3年前にタキイ種苗の人に話を聞いたとき、その当時で「桃太郎」には「ヨーク」、「ジャンボ」、「エイト」など、23品目ありました。春のガラス温室の「桃太郎」と、夏秋タイプの「桃太郎」では品種が違います。そのことを知らないで、「桃太郎」は「桃太郎」として売るのは、「佐藤錦」も「ナポレオン」も「さくらんぼ」として売っているようなものです。どの「桃太郎」なのか、頭に入れておくと、いい商売ができるようになります。

 「フルーツトマト」とは、糖度9度以上のトマトで、かん水を制御してストレスを与えて栽培したものです。品種は、かつては「ファースト」系統が多かったのですが、最近は「桃太郎」が多くなっています。

 フルーツトマトは3〜4月から始まります。樹を立ち上げるにはかん水が必要で、そのときに、一番果が出てきます。水が多めなので、小さいサイズが少なくて、筋があまり入っていません。糖度もあまり高くない。その分、値段は安い。これから気温が上がると、かん水を控えるので、糖度が上がり、値段も上がります。

 うちでも、フルーツトマトはよく売りました。ただ、1回は買ってくれても、値段と皮がかたいのがネックで、いつかは離れます。皮は湯むきすればいいだけなのですが、なかなかやってくれません。レギュラーの糖度は、普通4〜5度で、6〜7度あれば、最高においしいトマトです。置いておいて赤くなったトマトではなく、樹で熟度を上げたトマトをいかに見極めるか。いい生産者がていねいに作ったトマトはやはりおいしいんです。たくさんトマトを売りたいのであれば、自分で仲卸に行って見たほうがいい。その目を、ぜひ、八百屋塾で鍛えてください。

 おいしいトマトの選び方は、水に入れると沈むのがいいとかいいますが、店でそんなことはできませんから、持ったときに質量の多いもの、1箱4キロ以上あるかどうかを目安にしてください。同じ個数が入っていても軽いのは、空洞化している「ピーマントマト」が多いということです。1個ずつでは重さがわからなくても、1箱持つとわかります。甘さはともかく、質量の重いトマトは、中にゼリーがたくさん入っていて、ジューシーでおいしい。トマトの命はあのゼリーです。気温が上がると、甘さよりフレーバー、ジューシーで酸味のきいたトマトトマトが求められます。それは、体が要求するからです。こうしたことも頭に入れておくといいと思います。

 トマトも柑橘類と同じで、酸味と甘味のバランスです。酸味の弱いものはおいしさに欠ける。うちの店は、6〜7月になると、甘いトマトと酸味のあるトマトを両方売ります。知り合いの農家に、青臭くて酸味のあるトマトを作ってもらい、房のままパックに入れて販売して、トマト臭いトマトはここにしか売っていない、とお客さまに喜ばれています。このように、ほかの店にはないものを揃えて、「あの八百屋に行けば、何か違うもの、おいしいものがある」と思ってもらうことが大事です。八百屋は品目が多いので、すべてについて、やることはできません。これからの時期は、夏野菜やサラダ類に力を入れるといいでしょう。ただ、レタス、トマト、きゅうりをセットで売ろうとしても、いまは、別の店やスーパーと棲み分けをしているので、無理です。

 私は、お客さまから、「八百屋さんのきゅうりのぬか漬けは最高においしい」といわれたことがあります。それは、きゅうり自体が違うからです。

 江澤先生は、「きゅうりは採ってから3日」と言いました。いまのブルームレスきゅうりはかたいので、1週間経ってもシャキッとしていますが、きゅうり特有の香りはなくなっています。

 たけのこも、1週間も置いておいたら食べられません。3日で水分は半分になって、5日目にはもうダメです。八百屋は売り物にならなくなると困るので、ゆでて販売するわけですが、いいのはゆでたその日のうちか、翌日の午前中ぐらいまでで、2日目は、色も香りも抜けてしまいます。たけのこはえぐみが持ち味です。アクがなければ食感だけ、水煮たけのこと変わりません。

 ごぼうも同じで、ピーラーで皮をむいてしまったら、いちばんおいしくて栄養価が高く香りのある部分を捨てているということ。ごぼう本来の味が半減してしまいます。私は、店できんぴらごぼう用にごぼうを30年刻みましたが、2日目になるとアクが出きってしまい、香りがなくなります。水も茶色くなりません。アクやクセ、そこに野菜の持ち味があるんです。

 ハウス物も露地物もいっしょくたになると、最後は見た目が良くて安いのがいちばんになってしまいます。ハウスと露地のほうれん草ではまったく違います。昔は群馬の赤城のほうれん草を毎日何百束と売りました。露地物なので、しなびてくるのですが、水を飲ませれば、また縄がはち切れんばかりに蘇生しました。本当においしいほうれん草でした。いまはハウス物ばかりで、そういうほうれん草は市場にはありません。

 消費者に合わせて、いまの野菜は見た目がいいものばかりになりました。でも、じつは、おいしい野菜は見た目がよくないんです。野菜は、時間をかけて長く生育するとおいしくなります。例えば、ほうれん草は、冬場に作ると50〜60日かかりますが、春になると25〜30日で育ちます。寒い中ゆっくり育ったものは、茎や根の太さが違います。そこにおいしさがあるわけです。スーッと伸びたものは、見た目はいいがおいしくない。その最たるものがハウス栽培です。きちんと説明すれば、ハウス物と露地物、2種類売ってもいいでしょう。ハウス物は栄養価も露地物の半分以下です。

 昔は、「たけのこが出たらハスもごぼうも食べるな」、「お彼岸過ぎたらねぎを食べるな」といわれました。いまはいい春ねぎがありますが、昔は全部坊主になって、かたくて食べられたものではありませんでした。基本的に、いまの時期に、ハスのいいものなどあるわけがないんです。ごぼうでもハスでも、時期を過ぎたら、大きいものを買ってはいけません。ごぼうには必ず穴が空いていると思っている人がいるようですが、本当は、ごぼうに穴が空いていてはいけないんです。ただし、大浦ごぼうや堀川ごぼうはまた別です。私は著書の中で、太いごぼうは、頭のほうを10〜20センチ捨ててください、と書いています。そうして自分で切ったり食べたりするとわかるようになります。

 八百屋でいちばん肝心なのは、これは売ってはいけない、というものがあることです。お金さえ出せば何でも揃うと思っている人が多いのですが、自分がダメだと思ったら、自信を持って、断ったほうがいい。何でもいいから売って儲けてはダメなんです。スの入ったごぼうを売るから、二度とそのお客さまが来なくなるわけです。理由を説明して細いごぼうを売れば、納得してまた買いに来てくれます。何でも構わないから売れば儲かる、という考えはやめてください。八百屋のプライドとして、売らないで断ったほうがいいこともあることを覚えておいてください。

 いい野菜が手に入らない時期もあります。トウが立った白菜やねぎは、食べられません。これから出るトウが立ったひねもののねぎは1本ずつ売りやすいから、と一生懸命売っている人がいますが、八百屋は絶対に売ってはいけません。1〜2年勉強すれば、見たとたんにわかるようになります。玉ねぎも下等級の品物を買うと、トウ立ちが混ざっています。安いのを買ってもいいから、トウ立ちは捨てること。捨てるのがいやなら、高いものを選ぶことです。

 昔は、お客さまのほうが野菜のことをよく知っていて、私が若い頃は、お客さまから教わったこともたくさんあります。例えば、カブもトウが立つと、かたくて中がスカスカになります。見分けるポイントは、葉の付け根がやや盛り上がっていること。市場に並んでいる野菜をよく見てください。トウ立ちした野菜と若い野菜を買って食べくらべてみるとよく分かります。

 おいしいものを知らなければ、まずいのもわかりませんから、おいしい野菜の味を知ることは大切です。昔の野菜は味が濃くておいしかった。いまは、にんじんでもピーマンでも、食べやすいかもしれませんが、味が薄い。今日の雪下にんじんの品種は、「ひとみ五寸」と「はまべに」です。いつもと違うにんじんだと思うので、生でも料理に使ってもいいですから、食べてみてください。新潟県の雪がなくなると、雪下にんじんも終了します。旬は3月下旬〜4月下旬ぐらい。8月に定植して、本来は11月に収穫するところを、畑にそのままおき、雪の下に入れて、約半年間、畑にあったものです。雪下にんじんを食べると、野菜は生育期間が長いほどおいしい、というのがよくわかると思います。

 わからないことがあれば、八百屋塾に来て、何でも質問してください。しっかり勉強して、本当の野菜の姿を頭に入れていただきたいと思います。

 
 

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