■2012年6月17日 第3回 〜 講演「トマトについて」 JA長生施設野菜部会 副部会長 田辺一也氏
◇部会の概要
  • 私は千葉県のJA長生施設野菜部会、グリーンウェーブ長生で、春トマト部長と副部会長をしています。

  • グリーンウェーブ長生は、九十九里の南にあり、冬は比較的温暖な気候で、夏は海からの風で涼しい。トマトを作るのに適している産地です。

  • 部会員は152名。その中に、養液部があり、ロックウール栽培、水耕栽培でトマトを作っています。
JA長生施設野菜部会 副部会長 田辺一也氏
  • 私たちの部会の作型は、春トマト、抑制トマト、越冬トマトの3つが軸で、1年間通して出荷しているのが特徴です。養液部が中心となるのは春トマト が終わる7月中旬から抑制トマトが始まる9月まで。その他、長生きメロン、キュウリ、梨なども出荷しています。
◇部会の取り組み
  • 日本国中、どこの部会でもそうでしょうが、悩み事は、年々、数名ずつ部会員が減っていることです。われわれの部会は、今、年間100万ケースのトマトを出荷しています。あてにならない産地にならないよう、100万ケースはどうしても維持しなければいけない。トマトの生産には、重油代や肥料代などの経費がかかり、それが年々上がっています。また、グリーンウェーブ長生では機械選果を行っているのですが、出荷量が少なくなると、選果料を上げざるを得ません。選果料は1箱単位なので、年間何万ケースも出荷している農家にとっては、非常に大きなダメージになります。

  • 100万ケースを維持するための取り組みのひとつは、若手による養液栽培の増設です。現在、1名が増設をして養液栽培を始めています。これを青年部のモデル的存在として、是が非でも成功してもらって、自分も続こう、というほかの若手が出てくることを期待しています。ですから、農協はもちろん、県の機関である農業事務所、われわれ部会が全面的にバックアップしています。

  • 辞めていく人たちのハウスを、新規就農者に有効利用してもらう試みもしています。今、辞めていく私の親の世代が建てたハウスは、昔、国の補助などで建てたものなので、しっかりしていて、修理をしなくてもすぐに使えます。また、私たちは、「味の長生」を売りにしていますので、トマトを作ったことがない新規就農者には、数年前から、JA、農業事務所、われわれ部会が全面的にバックアップしており、非常にいいトマトを出荷しています。産地は、見た目のイメージも大事ですから、鉄骨むき出しのボロボロになったハウスが点在しているのでは、マイナスのイメージを持たれてしまう。そういう面でも、空きハウスを新規就農者に有効利用してもらう取り組みは役に立っていると思います。

  • 現在の生産能力をアップする取り組みもしています。県の担い手支援課、農林総研、全農、JA、農業事務所がプロジェクトチームを作って、月に1回圃場を回り、栽培指導をする。それぞれの出荷量と売り上げランキングを公表し、平均以下の人にはさらに週1回、徹底的に栽培指導をしています。昨年から、養液部の21名を対象に行っていますが、昨年はトマトが大豊作で、部会全体は、一昨年と比べて110.7%の伸びを示しました。プロジェ クトチームによる指導を行った養液部は、113.4%で、4.3%養液部のほうが伸び率がよかった。152名いる部会員のうち、たった21名の養 液部が、グリーンウェーブ長生の年間出荷量の40%を出荷していますので、この4.3%には、非常に大きな意味があります。今後は、養液部だけで なく部会全体に広げていきたい、と思っています。
◇水耕栽培を始めたわけ
  • 私は、養液部のメンバーのひとりで、水耕栽培でトマトを作っています。今から33年前、農業高校を卒業した当時、家では、900坪のハウスをしていました。私が小学生の頃、父親が国の事業で建てたハウスでした。高校の先生には、「あれだけのハウスをしているのだから、就職せずにハウスを継げ」と言われました。親戚にも、「父親が借金してハウスを建てたのだから、継ぐのが当然だ」などと言われ、18歳の私はそれに反発してしまった。結局、5年間ほど会社勤めをし、23歳で結婚したのを機に、ハウスを継ぐことになりました。

  • 数年経つと、連作障害で収量が減っていきました。当時、子どももできて、このままで家族を養っていけるのか、と真剣に考えていたところ、栃木県で接ぎ木をして作っている「桃太郎トマト」には連作障害が全然出ていない、という話を聞きました。そこで、当時の組合員12名で見学に行き、「桃太郎トマト」を食べたら、非常においしかったんです。連作障害の樹も1本もない。また、当時は、「桃太郎」以外はトマトではない、という風潮があったので、私たちも、接ぎ木で「桃太郎トマト」を栽培しました。すると、連作障害もなく、いいトマトができるようになりました。

  • さらに何年か経ち、自分のやりたかったトマト作りは本当にこれだったのか、と思い始めました。私の住んでいる白子町は、養液栽培が大変盛んな町です。当時、水耕で小ネギやサラダ菜、ロックウール栽培でガーベラ、水耕とロックウール栽培でミニトマトを作っていました。その経営者は、農家でありながらパートを何人も使って、会社のような組織を作り、輝いて見えた。私もぜひやってみたい、という気持ちが大きくなっていきました。そのとき、白子町で唯一養液で作っていなかったのが、大玉トマトです。この思いを、2歳下の友人に話したところ、彼も数年前から考えていた、というので、一緒にやってみよう、ということになりました。ちょうどそのとき、県の補助事業でハウスの中身を養液栽培に変えることにも補助金が下りる、という話を聞きました。私と友人は、これを逃したら二度と養液栽培はできないだろうと思い、もう2人仲間を誘って4人で養液栽培をやることになりました。

  • 当時、養液栽培については、全然知識がありませんでした。どうしようか、といっているときに、名古屋で新しく低段密植垂下栽培というのが出た、と耳にしました。普通、トマトは、坪6本ほど、下に定植します。それを上に誘引していって、年間1作または2作という形で栽培しますが、低段密植垂下栽培は、地上1.3メートルのところにベットがあり、そこに坪14〜15本定植します。それを誘引せずに垂れ下げていく。1.3メートル下は土ですから、長くは採れません。採れて4段。この4段を、年間3.5〜4作、というものでした。それを見学に行ったところ、メーカーが、「このやり方だと、10アール当たり40t採れる」というんです。すごい数字です。話半分で20tだとしても構わない、と思って、それを取り入れた。すると、1作目から非常にいいものができ、メーカーが見に来て、「100点満点だ」と言われました。2作目、3作目、4作目と、年間作ったところ、収量は4名で20tでした。やはり、話半分でしたが、別にショックではありませんでした。水耕栽培でそこそこのものができて、水耕でトマトを作っていけるという自信になりました。何より大きかったのは、思ったほど収量が取れなかったことで、もっと頑張っていこう、と4人の結束力が強まったことでした。

  • 養液栽培を始めて、大きな壁にもぶつかりました。当時は、グリーンウェーブ長生ができたばかりで、部会員は200名以上いました。そのうち、水耕栽培でトマトを出しているのは私たち4人だけだったので、「どうせ水で作ったトマトなんて、糖度もなくて水っぽく、店持ちもしなくて、まずいに決まっている」といったバッシングや偏見にさらされ、気持ちが沈んでいきました。そんなとき、今日ここにいらしているグリーンウェーブ長生の小沢課長と、課長の後輩の方が助けてくれて、「水耕と土耕、何も変わらないということを数字で出そう」と言ってくれたんです。私たちのトマトと部会員全員のトマトの糖度や店持ちなど、さまざまなデータを出してくれて、全然問題がないどころか、糖度は4人とも上のほうだった、と言ってくれました。私たち水耕の生産者が大丈夫だと言っても何の説得力もありませんが、グリーンウェーブ長生の職員が言ってくれたため、徐々に養液に対する偏見が減っていきました。

  • 当時、7月中旬〜8月いっぱいは、私たち4人しかトマトを出していませんでした。私が、水耕栽培をやってよかった、と思ったのは、小沢課長の後輩と私たち4人で市場に行き、「これから、水耕で作るトマトが出るので、よろしくお願いします」と挨拶に行き、その翌年もまた挨拶に行ったとき、東一の方から、「去年売ったところ、何の問題もなかった。もっと出荷できないか」と言われたんです。さらに、200名以上部会員がいる中で、われわれ4人だけが8月の暑い盛りにも出荷している、と話したところ、「きみたちすごいね、トマトバカだね!」と言われまして、それがすごく嬉しくて、いろいろなことが吹っ切れた気がしました。自分が水耕をやったことは間違いではなかった、これからも水耕でやっていける、という大きな自信になりました。

  • その後、県の事業で増設をして、7〜8年前には、国の事業で増設しました。現在、1700坪のハウスを、私たち夫婦と両親、パート3人の計7名でやっています。両親は80歳になりますから、いつまでも手伝ってもらうわけにはいきません。最近は、もう3人パートを増やそうと考えています。
◇養液栽培の今後
  • 今後、トマトは、養液栽培のものが増えてくるのではないかと思います。私のところでは、21名の養液部の農家には、ほとんど後継者がいますし、どこでも、養液栽培をやっているところは、土耕栽培より、後継者がいる確率が高いそうです。

  • 近年、異常気象が続いています。 昨年、一昨年と、夏は大変な猛暑でした。 今年は年明けに26年ぶりの寒波に見舞われ、3月には観測史上初となる大雨が降りました。 こうした異常気象のせいで、どの産地も収量を減らし、今年の春トマトは、価格が非常に高かった。そういう状況の中で、昨年、私のところは、大当たりだった年とまったく同じ数量が出ました。トマトを作っていく上で大事なのは、根っこをいかに正常にできるかです。 寒波、長雨などがあると、土耕栽培の場合は、どうしても根傷みが起きます。うちでは、根っこに流れる水の温度を、冬場は18℃にセットし、夏場は24℃以上にならないように管理しています。こうすれば、100%根傷みは起きません。こうしたことからも、 今後、養液栽培が出回る率が高くなるのではないか、と思います。

  • 1週間ほど前、宮城県の水耕栽培の仲間に、トマトのハウスの復興はどうなっているのか、と電話で聞いたところ、石巻や福島に近い東北地方では、ほとんどが養液栽培でハウスを建て始めているそうです。また、サイゼリヤが東北の農家に水耕でトマトを作ってもらい、それを一手に引き受ける、というようなことも始めたそうです。東北も養液栽培のトマトが増えてくるかもしれません。

  • 私は、消費者の方に、安心・安全でおいしいトマトを食べてもらうこと、また、八百屋のみなさんに、自信を持って売ってもらえるようなものを出荷することが一番大事だと思っています。グリーンウェーブ長生は、これからも、100万ケースという数字を維持しながら、そういうトマトを目指して、今まで以上に頑張っていきたいと思いますので、今後ともよろしくお願いいたします。

◇質疑応答より
  • Q:養液栽培のメリット、デメリットは?
  • A:水を絞って甘いトマトを作ることはできますが、収量は減る。そのせめぎあいです。私の作っている養液栽培の大玉トマトは、土耕と食べくらべても差がわからないと思います。ですから、味の面というより、養液栽培には、連作障害や病気などが出ないことがメリットといえると思います。

  • Q:土耕も水耕も一緒に出荷しているのですか?
  • A:そうです。味は変わりません。ですから、どれが私のトマトかはわかりませんが、養液部が100万ケースのうちの40%を出しています。

  • Q:今後、土耕で栽培している方が養液栽培に移っていくと思われますか?
  • A:それは何ともいえません。若手で養液栽培をやりたいという人はいますが、初期投資がかかるのでなかなか踏み切れないようです。

  • Q:夏は、どうやって水温を下げるのですか?
  • A:うちの水耕のシステムでは、地下タンクがあり、中にステンレスの管が通っていて、そこに地下水を流します。地下水の温度は夏場でも16〜17℃です。それで水温を下げる。このやり方だと、24℃が限界です。ハウスの中が40℃になったときに、24℃が適切な数字なのかどうかわかりませんが、専門家に聞いたところ、24℃であれば正常なものができるそうです。

  • Q:規格外のトマトが出る率は、水耕も土耕も変わらないのでしょうか?
  • A:土耕も水耕も、規格外のトマトは出ます。私の場合、水耕に切り替えてからのほうが、割合は減りました。

  • Q:水耕で、トマトの糖度を上げることができるのですか?
  • A:はい、自由にできます。

  • Q:おいしいトマトの選び方は?
  • A:やはり鮮度が重要なので、ヘタを見て、しおれていないもの、色が変わっていないものがいい。

  • Q:大きいトマトと小さいトマトは、どちらがおいしい?
  • A:一概にはいえませんが、どちらかというと、小さいほうがおいしいといわれています。糖度と酸度のバランスもあるので、大きくておいしいトマトもあります。
 
 

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