■2020年1月19日 第10回 イチゴ・サツマイモ 〜 講演「日本のイチゴ」について 農研機構野菜花き研究部門 農学博士 野口裕司氏
◇農研機構とは
  • 国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)は、日本の農業と食品産業の発展のため、基礎から応用まで幅広い分野で研究開発を行っている、わが国最大の研究機関です。元は農林水産省の試験研究機関で、2001年に独立行政法人になり、全国に拠点があります。本部はつくばで、私は三重県津にある野菜花き研究部門安濃野菜研究拠点に所属しています。イチゴは、盛岡の東北農業研究センター、九州沖縄農業研究センター久留米研究拠点でも研究しています。
農研機構野菜花き研究部門 農学博士
野口裕司氏
◇日本のイチゴの課題
  • 世界におけるイチゴの産出額(FAOSTAT・2016年)をみると、日本は、中国、アメリカに次いで第3位。4位の韓国のほぼ倍の金額で、非常に重要な作物です。一方、生産量は、中国、アメリカがダントツの1位、2位。以下、メキシコ、エジプト、トルコ、スペイン、韓国、ポーランド、ロシア、モロッコ、そして日本。少し前まで日本は10位でしたが、現在は11位に落ちています。他の国が上がったために順位が落ちたのですが、生産量も落ちています。

  • 日本のイチゴ産出額(農林水産省・2017年)は、トマトに次いで2位です。作付面積はこの40〜50年間ずっと下がっています。収穫量は、栽培技術の向上や品種改良のおかげで、作付面積ほど下がっていませんでしたが、最近はまた落ちています。

  • 面積も収穫量も下がっているのは、一世帯当たりの購入量が落ちているためです。2000年から2017年までのあいだに、イチゴに限らず果物全般の消費が下がっています。
◇イチゴの来歴
  • アメリカ大陸発見の際、北アメリカ東部に自生していた野生種の「フラガリア バージニアナ」というイチゴがヨーロッパに伝わり、多くの園芸品種が生まれました。

  • チリやカリフォルニアにあった野生種「フラガリア チロエンシス」の実のついた雌株がヨーロッパに伝わり、「フラガリア バージニアナ」と交配して、現在の栽培イチゴ「フラガリア アナナッサ」ができました。アナナッサとはパイナップルの意味です。それがヨーロッパからアメリカに渡って、品種改良されました。

  • 日本では「フラガリア ベスカ」(エゾヘビイチゴ)という野生種のイチゴが北海道に自生しています。牧草などといっしょに入ってきた帰化植物といわれます。ほかにも、「フラガリア イイヌマエ」や「フラガリア ニッポニカ」などの野生種がありました。

  • 19世紀中頃、オランダ経由で日本にイチゴが導入され、自生イチゴやキイチゴと区別するため「オランダイチゴ」と呼ばれましたが、定着しませんでした。その後も明治政府は積極的にアメリカやヨーロッパから導入しましたが、あまり普及しませんでした。

  • 日本のイチゴは、皇室のお庭番だった福羽逸人子爵が1905年にフランスの「ジェネラル シャンジー」のタネから作った「福羽」に始まります。ただし、「福羽」は皇室用で門外不出、庶民には手の届かない存在でした。

  • 「ジェネラル シャンジー」や「福羽」は早生だったので、海外に比べ、早い時期から促成栽培が発達したのが日本の特徴のひとつです。
◇イチゴの生態特性
  • 一般的なイチゴは低温、短日条件で花芽分化し、9月中旬〜下旬にかけて、花芽ができます。秋以降、寒くなると休眠し、一定量の低温で覚醒するので、ふつうは春まで寝ていますが、浅い休眠状態では連続的に花芽分化が可能です。また、四季成り、夏秋採りの夏イチゴは長日条件でも花芽分化できる特性があります。そこで、イチゴの作型では、花芽分化と休眠を制御することが重要になります。

  • 日本の作型は、「促成栽培」、「露地栽培」、「半促成栽培」、「夏秋採り」の4つです。

  • 「露地栽培」は植物として自然な栽培方法です。9月頃に花芽分化したものを植え、春に花を咲かせ、収穫します。休眠から覚めると、体を大きくし苗を増やしていくので、新たな花芽分化はなく、短い期間しか収穫できません。

  • 「半促成栽培」は、定植までは露地栽培と同じで、冬にビニールを掛けます。低温量は十分でも外が寒いので起きられない、という状態のときにビニールを掛けて生育を早めます。露地より早く採れますが、春には花芽分化せず、収穫期間は短いままです。

  • 寒冷地での「低温カット栽培」は、基本的には露地や半促成栽培と同じですが、早めに保温します。休眠に入っても、十分に睡眠を取る前に保温して起こすわけです。寝ぼけている状態だと、新たな花芽を分化するので、露地より長く収穫できます。

  • 一番多いのはポットで育成する「促成栽培」です。小さなポットで育苗し、花芽分化したものを9月下旬くらいに定植し、10月に保温を開始して、寝かせないようにします。そうすると次から次へと花芽を分化し続けるので、11〜5月くらいまで約半年にわたって収穫できます。最近は地面から離した高設栽培が主流です。

  • 「短日夜冷処理」は、お盆くらいから、夜12℃くらいの倉庫に入れて冷やし、早く分化させる方法です。例えば朝は9時に外に出し、17時に倉庫に入れて、低温、短日条件を作るわけです。出し入れが大変なので、冷蔵庫の中に入れっぱなしにしておく「低温暗黒処理」という方法もあります。このようにして早く花芽分化させると収穫が早くなり、普通のポット栽培より長く収穫できます。

  • 夏秋採り、四季成りの品種は夏場も採れます。秋定植が一般的ですが、四季成りの品種を春に定植する方法もあり、収穫期間が短くなりますが、ハウスは有効に使えます。

  • 日本のイチゴは、11月くらいに始まり、夏秋採りを含め、周年どこかで栽培されています。夏場は生鮮食品としての需要は少なく、加工用やケーキなどの用途がほとんどです。生産者も少なく、産地も高冷地などに限られますが今後の増加が期待されます。
◇品種の変遷
  • 1905年に「福羽」が誕生。その後、1950年代にアメリカから「ダナー」が導入され、主に関東で普及しました。1960年に兵庫県が「宝交早生」を育成。当時としては早生だったので関西で広く栽培されましたが、今の感覚では晩生です。1967年、九州で「はるのか」が育成されました。「福羽」の系統の「久留米103号」と「ダナー」の掛け合わせで、早生で非常にいい品種でしたが、九州から外には広がりませんでした。

  • 1984年に育成された「とよのか」は、色はやや薄いのですが食味や香りがよく、福岡県が「博多とよのか」としてTVCMなども盛んに行って、有名になりました。栃木県で1985年に「女峰」が育成され、西の「とよのか」、東の「女峰」という2強時代が続きました。若干「とよのか」が強く、福岡県が日本一になったこともありますが、1996年に「とちおとめ」が出て、栃木県が日本一になりました。

  • 九州では、2000年に「さちのか」、2001年に「さがほのか」、2005年に「あまおう」が育成されました。「あまおう」は福岡県でしか栽培されませんが、県がバックアップしてブランド化に成功しています。静岡県では、1992年に「章姫」、2002年に「紅ほっぺ」を育成。現在、多くの県でイチゴが育成され、さまざまな品種が出ています。

  • 県別の栽培面積と収穫量は、栃木がトップで、福岡、熊本、静岡、長崎と続きます。

  • 品種別の生産量は、種類が多すぎることもあり統計がありません。東京都中央卸売市場の品種別占有率では、「とちおとめ」が54パーセント、「あまおう」15パーセント、次いで「紅ほっぺ」、「さがほのか」の順に流通しています。どれもかなり前の品種です。
◇品種開発の現状
  • 「とちおとめ」、「あまおう」、「紅ほっぺ」、「さがほのか」の4品種の祖先はほぼ同じで、どれも親戚または兄弟です。遺伝的変化の幅が狭い、ということになります。

  • タネで増える作物は固定が必要ですが、イチゴはランナーで増えるので、品種を固定する必要がありません。一回交配して、そこからいいものを選べば品種になります。

  • 「さがほのか」は「ダナー」からの50年間に3回しか交配していません。タネで増える作物なら50回は交配していい遺伝子にしていきますが、イチゴはそれをしません。「あまおう」も3回くらいの交配で品種になっています。短期間で育成が可能なのはメリットですが、組み換え頻度が少なく優良形質が集積されない、という問題もあります。

  • 例えばイチゴに炭疽病の抵抗性を入れるために海外の品種と交配すると、抵抗性以外の好ましくない形質も入ってしまい、日本のイチゴとはまったく違う形質になり、日本人の口には合わなくなってしまいます。そこで日本の品種同士の交配が多いのですが、今後は海外品種の他、野生種などからも違った形質を入れることが必要になるのではないかと思います。

  • 三重県で育成された「かおり野」は、いろいろな品種からいい遺伝子を少しずつ蓄積していったものです。「宝交早生」のいい遺伝子のうち、落としてしまったかもしれないものを別の組み合わせの中から拾い上げるなどして作り上げたもので、早生で多収、炭疽病にも強いすぐれた品種です。

  • 「かおり野」を親に使うと早生で多収の子供ができます。熊本の「ゆうべに」、大分の「ベリーツ」、鹿児島の「ぴかいちご」などです。

  • 「よつぼし」は三重県、香川県、千葉県と農研機構が共同で育成した促成栽培用品種で、タネで増やすイチゴです。生産現場は収穫しながら苗を育てるので、休む暇がありません。タネで増えて苗が買えれば、労力軽減になります。タネは病気感染がないのも利点です。今後、イチゴは種子繁殖のものが伸びるのではないかと思います。

  • イチゴは各県が独自品種の育成に力を入れています。地域がわかる名前が多いのですが、「福岡S6号」=「あまおう」のように、品種登録は系統名で、商標で売るやり方も増えています。今までは、いい品種ならブランド化できるという考えが主流でしたが、県がバックアップしPRしないと、ブランド化はむずかしいでしょう。

  • 農研機構では、循環選抜という方法で優良な系統を育成中で、都道府県や民間に提供して、偶然に頼らずに目的を持った育種を可能にしたい。イチゴの生産に関する問題を解決するための品種改良を行っています。高齢化や後継者不足には省力・低コスト栽培が可能な品種や高収益品種。消費の減少に対応する品種、夏場の消費を上げる四季成り品種など。こうしたことにより、イチゴ産業全体をアップしていきたいと考えています。
◇農研機構育成品種の紹介
  • 「おいCベリー」は、ビタミンC含量が高く、1日7粒食べると、大人が1日に必要とするビタミンCの量をクリアできます。

  • 「恋みのり」は、2年ほど前に出た品種で、揃いがよく、省力化に役立ち、輸送性にもすぐれています。傷みが少ないので、輸出にも向くと期待されています。

  • イチゴの輸出は、まだ量は少ないのですが、拡大しています。輸出に適した品種の開発や、特殊な容器の使用など、さまざまな方法が検討されています。

  • 春から初夏にかけての端境期に出せるよう開発したのが「豊雪姫」と「そよかの」です。「そよかの」は品種登録したばかりで、これから伸びると思います。

  • 「桃薫(とうくん)」は、野生種と栽培種を交配したもの同士を掛け合わせた種間雑種で、10倍体なので、イチゴとは異なる新しい種ともいえます。もともとイチゴがもつ、桃、ココナッツ、カラメルに似た香り成分を多く含み、人によって桃やトロピカルフルーツのような香りを感じます。元の野生種の色が白いため、淡いピンク色です。糖度は低いのですが、香りが強いのが特徴です。

  • 農研機構の品種育成は、県や民間の種苗会社と競い合うのではなく、ともに育てることが目的です。また、「桃薫」や「そよかの」のように、コンセプトが新しくリスクが大きいものは、生産者や市場に受け入れられるかどうか、試す必要もあります。農研機構ではこれからも先進的な品種を育成していきますので、注目していてください。
◇質疑応答より

    Q:「ダナー」や「宝交早生」を食べることはできますか?
    A:生産者がいると聞いたことはありませんが、探せば作っている方はいるかもしれません。「宝交早生」は作りやすい品種なので、家庭園芸用として園芸店で売られています。

    Q:一季成りと四季成りのメリットについて教えてください。
    A:一季成りは「普通のイチゴ」なので、栽培技術や品種改良が進んでいます。品質がよく、食べておいしいのは一季成りです。四季成りは夏場の需要に向けて育成が始まったので、品種改良が進んでおらず、生食には、果実の品質が劣ります。ただ、栽培に関しては、品種改良が進めばメリットがあるかもしれません。「よつぼし」は四季成りの形質を持っています。種子繁殖で四季成りであれば、ランナーが出にくいといった点が問題にならないので、将来的には期待できると思います。

    Q:炭疽病とはどのような病気ですか? 買ってきたばかりのイチゴに1個だけカビが生えていたりするのは炭疽病のせいでしょうか。
    A:炭疽病はイチゴの苗が感染する病気です。高温多湿の梅雨時期などに水から感染し、枯れてしまいます。夏場、早い時期に感染すると定植する苗が失われてしまいますし、病気を持ったまま枯れなかった苗を植えると着果した後で被害が出ます。イチゴにカビが生えていたのは炭疽病ではなく、灰色カビ病でしょう。病気の果実の花弁が残っていたか、おしべから発生することもあります。高温多湿だとカビが発生しやすくなります。

 

【八百屋塾2019 第10回】 挨拶講演「日本のイチゴ」について勉強品目「イチゴ」「サツマイモ」食べくらべ