■2019年4月21日 第1回 開講式 〜 講演「抽苔なんてこわくない? 匠直伝 売れる八百屋の基礎知識SP」 杉本青果代表 八百屋の匠 杉本晃章氏
◇八百屋塾について
  • 私は八百屋塾の精神はどういうものなのかをみなさんに伝えるため、4月の開講式に「なぜ八百屋は勉強しなければいけないのか」という話をしています。

  • 八百屋塾の創始者、江澤正平先生は、東京青果の役員、西武流通の社長、本部青年会の顧問を務め、「野菜の神様」と呼ばれた方です。「野菜のよさ、おいしさを、お店でお客さまと対峙しながら伝える八百屋が、意外に野菜を知らない。どうおいしいのか、どういう食べ方がいいのか、ちゃんと伝えられない。そのために八百屋は勉強する必要がある、その場が八百屋塾だ」とよく言っていました。今もそんな気がします。だから、それをしっかりと肝に銘じて、ここで勉強してください。1年だけではダメです。なぜなら1つの品種、1つの産地は1年に1回だけしか出てきません。今日ここにある三浦のキャベツを次に見られるのは来年の春です。10年でやっと10回、年月を重ねて勉強しないと全体は見えてきません。焦らず勉強して知識を蓄積していってください。
杉本青果代表 八百屋の匠 杉本晃章氏
  • 八百屋塾の特徴は「食べくらべ」です。野菜は食べなければわかりません。20年前、このビルの竣工と同時に八百屋塾がスタートしました。食べくらべができるキッチンつきの貴重な会場は、先人の苦労があってできたものです。

  • 八百屋塾のホームページはすばらしい内容です。やる気のある地方の八百屋さん、野菜関係者はみんな見ています。みなさんも、過去の記事を含めぜひ見てみてください。
◇キャベツについて
  • 野菜は時期によって味が刻々と変化し、一年中同じではありません。

  • 今の時期の三浦のキャベツは、「春キャベツ」とか「新キャベツ」と呼びます。「新キャベツ」は、今年になってからタネを播いて採れたもの。「春キャベツ」は、冬場も西南暖地や愛知などから出ている、秋播き春採りタイプです。採れるまでに3〜4ヶ月と生育期間が長い分、巻きが強くなります。今の時期の「新キャベツ」は生育期間が50〜55日なのでふわっとしていますが、あと20日もしたら巻いてしまいます。巻きが強くなると甘みは出てきますが、ジューシーさがなくなります。

  • タネを播く時期、収穫する時期によって、味がどんどん変わります。水分が多く生でバリバリ食べるのがおいしいキャベツをお客さまにすすめたいなら、新しい産地を追っていく。三浦のあとは横浜、埼玉が出て、群馬の高原キャベツに移ります。「三浦のキャベツがいい」となると、1年中三浦がいいと思い込んでいる人がいますが、そうではありません。本来、野菜の旬は10日ぐらいしかない、と覚えておいてください。
◇タケノコについて
  • タケノコは漢字で書くと「筍」で、なにより旬が大事です。

  • 「タケノコはアク抜きをして…」と言いますが、土の中のタケノコにはアクなどありません。私の店ではタケノコをゆでて売りますが、糠も鷹の爪もいらないくらいです。

  • 今、市場流通しているタケノコは、土の中から掘ったものです。大きくても小さくても価値は同じですから、農家さんも競って若いうちに掘って出してくれています。

  • 昔の市場ではよく見かけたのは、「カラス」と呼ばれた黒くなったタケノコで、上に出てから採ったものです。アクが強くて、よくアク抜きしないと食べられませんでした。でも、そのアクが好きな人もいました。タケノコの持ち味は独特のえぐみで、ゆですぎると味も香りもなくなってしまいます。

  • 買ったらすぐに処理しなければなりません。1日おくだけでどんどん水分がなくなり、えぐくなります。昔は市場にカゴで入ってきました。今の発泡スチロールの箱と違って、カゴの下は水をまいたようにビショビショ。産地で9キロのタケノコが、市場に来ると8.5キロ、店に来ると8キロに減るくらい水分が抜けやすいものです。

  • 缶詰のタケノコは、長く持たせるため、皮つきのまま1時間以上ゆでるそうです。

  • タケノコは採り遅れて痩せてきたりすると竹に近くなり、アクも強くなります。竹は3日で10メートルくらい育つくらい勢いがある植物です。

  • 昔は端午の節句にタケノコをお供えしました。今は、温暖化の影響もあり、5月5日にタケノコはありません。あるのは金沢や東北あたりの一部だけでしょう。
◇「昔の八百屋」はおいていかれる
  • 昔は大きなタケノコを鍋一杯ゆでたものです。頭のほうはやわらかいからタケノコご飯に使って、下はかたいから薄めに切ってよく煮て…、などとお客さんに話しましたが、今は小さなタケノコで十分、タケノコご飯を年1回食べれば満足、という人が多くなりました。時代とともに、野菜も消費者の食べ方も変化します。八百屋さんも勉強しないとおいていかれてしまいます。

  • 勉強していない「昔の八百屋」は今の消費者についていけません。昔のような料理は誰もしなくなっています。今の人はなんでも生で食べる。たとえばナスも、われわれが生で食べるのは、水ナスくらいですが、ごく普通のナスを、輪切りにしてちょっと塩もみしてサラダ風に生で食べたりするといいます。

  • キュウリは5本で売ると多すぎるからいらない、と言われます。サラダに入れるには1〜2本あればいい。ある量販店で、ナスを8本で安く売ったところ、全然売れなかったそうです。それは昔の八百屋さんの流儀で、どうしても量が多くなる。そこを変えていかないと、今の時代には合いません。
◇「雪下ニンジン」について
  • 私の店では、新潟県津南町の「雪下ニンジン」を1本ずつ売っています。

  • 津南の「雪下ニンジン」が生まれたのは、けがの功名です。通常は9月のお彼岸までに播種し、11〜12月の雪が降る前に収穫するのですが、ある年、初雪が早く降り、根雪になって畑に入れなかった。仕方なく春まで畑に残しておいたニンジンを抜いてみたら、驚くほど甘くなっていた。それから、あえて雪の下で作るようになったそうです。

  • 北海道や青森にある雪下ニンジンは、秋に掘り上げたニンジンをコンテナごと雪の下で保存する雪中貯蔵。それより津南の「雪下ニンジン」のほうが甘くておいしいです。

  • 「雪下ニンジン」の生産者、宮崎さんは千葉県柏市の出身です。25歳くらいのときに津南町に移住して農業を始めました。最初の5年間くらいは何もできず、近所の人に野菜を分けてもらったり、いろいろ助けられたそうです。32歳のとき、「雪下ニンジン」を30ケース、軽トラに積んで、北千住の店に売りにきました。私は「雪下ニンジン」のおいしさを知っていたので、店で「雪下ニンジン」をふかして試食販売をしたら、飛ぶように売れました。

  • 今年はふつうのニンジンの価格が安定していますから、「雪下ニンジン」はやや高いのですが、去年のように高騰すると安い。毎年売っていると、お客さまが味を覚えてくれて、雪下ニンジンが出ると、価格に関係なく必ず買ってくれます。

  • 「雪下ニンジン」は、「はまべに」「ひとみ」の2品種。作型で甘くなっているので、おいしさは変わりません。今日は、ほかのニンジンと雪下を1本ずつ持ち帰って、いっしょに煮て食べてみてください。品種が混ざっても、食べればわかります。
◇抽苔(ちゅうだい)とは
  • 「抽苔」というのはトウ立ちすること。植物が花を咲かせるための準備です。

  • ニンジンはトウ立ちすると芯が大きくなり、かたくなります。切ると中までオレンジ色のものはいい。黄色いものはトウ立ちが始まっています。

  • 今出回っている野菜は99%がF1、一代交配雑種。伝統野菜とか地方野菜と呼ばれる固定種のいいところを選んで作ったものです。F1からタネを採っても同じものはできないので、農家は毎年タネや苗を買って栽培しています。

  • 昔、夏のダイコンは細くて辛く蕎麦の薬味ぐらいにしか使えませんでしたが、今から45年前に「耐病総太り」という青首品種が出ました。夏も作れて、昔のダイコンと違ってスも入りません。品種改良の結果で、F1のいい面です。ただ、昔のダイコンのようなコシはなく、すぐに火が入って、煮込むとやわらかくなり過ぎます。青首が出ても、街のおでん屋さんは、煮込んで一晩おいたくらいのほうが味が染みておいしい昔のダイコンを使いました。

  • F1は抽苔との戦いです。タネ屋さんは、トウ立ちをどう抑えるかを研究しています。野菜はお彼岸を超すと花が咲き、子孫を残すためにトウが立つ。トウ立ちするとえぐくなります。それは、野菜が人間に食べられないようにしているからです。
  • 果物は逆。柿は熟す前までは色もつかず甘みもありません。熟してタネが入ると目立つ色になり、鳥や人間に食べてもらってタネを播き散らし、子孫を増やすわけです。

  • 江澤先生は、「野菜は全部毒草だ」と言っていました。えぐみやアクがあるのは当然で、おいしく食べられるように、長い年月をかけて改良してきた。改良されていない地方野菜はえぐかったりかたかったりしますが、地元の人は食べ方を工夫しておいしく食べてきました。地方野菜や伝統野菜は、現地の人に食べ方を教わるのが一番です。伝統野菜は下ごしらえが肝心です。よくいえば身がしまっている、個性が強い。八百屋さんはそれを消費者に伝えなければいけません。

  • 「ベータリッチ」というニンジンや「子どもピーマン」は、香りが薄くなるように改良されています。子供が食べられるように、ということでしょうが、無理に食べさせなくてもいい。まずかったら二度と食べたくなくなるでしょう。大人になると昔嫌いだったものが好きになったり、年齢とともに食べるものは変わります。

  • 野菜は、畑が0℃を下回ると凍る危険性があるので、凍らないように糖度を上げます。冬の野菜が甘い理由です。マイナス5℃くらいまでは凍らないそうです。

  • ホウレンソウやコマツナの冬場の栽培期間は約50日、春の倍くらいかかります。だから冬の野菜は甘くておいしい。春にすくすく育ったものは甘みが少なくなります。

  • ハクサイは、夏と冬で品種が違います。茨城の冬のハクサイを夏場に八ヶ岳の高原で作ると溶けてしまうので、高原では暑さに強くてかたい品種を使っています。

  • 仙台の渡辺採種場はハクサイの第一人者。100種類以上、試験栽培しており、倉庫にハクサイ漬けの樽がズラリと並んでいます。漬物にすると味がよくわかるからです。

  • 八百屋塾では、年に2回くらい産地視察をしています。畑だけでなく、タネ屋さんに行くのも大事です。去年、北足立市場ではタキイ種苗の試験場に行きました。ハクサイ、ネギなど、いろいろなものが見られて面白かったです。ネギは東北から関東まで「一文字」という品種ですが、作り方や産地の気候によって太さなどが違ってきます。大田原のネギは一目瞭然、技術がいいと思います。同じ1箱でも5キロではなく6キロになる。納品する人はそういうことを知っていると商売の助けになります。
◇タマネギについて
  • タマネギは、日長によって作る品種が制限されます。淡路のタマネギを北海道で作ってもうまくいきません。地方によって、日長に合わせた品種を選ぶ必要があります。

  • 今の時期の春タマネギは、秋播き春採りタイプです。北海道のタマネギは春播き秋採りタイプで、かたく貯蔵性がいい。7月になると終わります。

  • 中生種は7〜8月頃、栃木、群馬、茨城あたりから出ます。

  • 千葉は早生タイプです。非常にジューシーで甘みがありますが、日持ちはしません。

  • 春の新タマネギは、生で食べる人が多いのですが、水にさらすと栄養価が逃げて、やわらかいだけになってしまいますから、さらさないこと。逆に北海道のタマネギは水にさらさないと辛くて食べられません。
◇選別のむずかしさ
  • 今の市場の品物は、見た目優先で作っています。昔の野菜は固定種だったので、見た目や揃いがよくありませんでした。F1は、揃いがよく、耐病性があって、作りやすい。一年中野菜が出るようになって便利にはなりましたが、おいしさを置いてきた。それは、おいしいものを知っている八百屋だから言えることです。タネ屋さんも知ってはいますが、味より見た目、きれいなほうが売れるので、見た目で選別されています。

  • これから茨城のJA旭村から雑メロンが出てきます。メロンに貼られたシールを携帯で撮ると、糖度、生産者、収穫日がわかります。かつては見た目と形状で選別していましたが、光センサーを導入して糖度で選別して出すようになりました。ですから、どんなにきれいなものでも糖度が低いとC、逆に少しすれていたり網の形がよくなくても糖度が高ければA。八百屋さんはBとかCしか買わないからいいですが、果物屋さんは困ります。選別は味でいくか形状でいくのか。むずかしいところだと思います。

  • カンキツはAもBもCも同じ。3〜4ヶ月貯蔵して、皮が荒れてくるとCになる。それでも消費者はきれいなものを選びます。「皮も食べるんですか?」と言いたくなります。

  • バナナは最近、星が出ていると甘いということがわかってもらえるようになりました。

  • 高くておいしいのはあたりまえで、安くておいしいが一番です。大田市場の一級品の味を知るのは大切ですが、一般の人が買える程度の価格の中でおいしいものを探すのが八百屋の使命です。

  • 北足立市場でクラウンメロンの試食会を開いたとき、15ケースくらい切って試食しました。4玉と6玉を比べると、6玉はスッと豆腐を切るようで、肉も厚くて食べ応えがある。4玉は肉の厚さは同じでも中は空洞ばかり。6玉は小さいと思うかもしれません。大きいほうが高く売れるのも事実ですが、メロンは6玉が一番いい。実際に食べないとわかりません。わからなければ、大きさや見た目で売るようになります。

  • 見た目と大きさに走る傾向は消費者だけでなく、八百屋さんにもあります。たとえば、レタスは7〜8キロがベストなのに、10キロを一生懸命よっている八百屋さんがいます。お客さまが重いのを選んで買うからです。レタスはそこそこの大きさでフワッとしたものがいい、ということを教えてあげなければいけません。
◇終わりに
  • 江澤先生は、野菜への情熱が人一倍あった方です。八百屋のメインは親父じゃなくておかあちゃんなんだから、八百屋塾におかあちゃんやせがれも連れてきなさい、来られないならここで勉強したことを教えなさい、とよく言っていました。残念ながら10年前に他界されましたが、機会があれば今後も江澤先生の想いをみなさんに伝えたい、と思います。

  • 私は江澤先生から、「八百屋に金儲けを教えなさい」とよく言われました。先生は理想論で、私は能書きより商売が得意です。親父に教えてもらったりほかの店を参考にしたりして、いろいろ学びました。いくらいい八百屋さんでも、赤字では倒産してしまいます。江澤先生は、それで私に金儲けを教えなさい、と言ったのだと思います。

  • 黙っていてもモノが売れる時代は終わりました。店頭できちんと説明することが大切で、そこをしっかりすればもっともっといい商売ができるのではないでしょうか。
 

【八百屋塾2019 第1回】 挨拶講演「抽苔なんてこわくない? 匠直伝 売れる八百屋の基礎知識SP」勉強品目「にんじん」など商品説明食べくらべ