■2019年11月17日 第8回 ネギ類・ミカン 〜 講演「ネギ類について」 横浜植木株式会社 菊川研究農場 農場長 上村英俊氏
◇はじめに
  • 私は横浜植木株式会社で約30年、ネギの育種や品種改良を行っています。今日はスーツですが、日頃は作業着に地下足袋で、農場を歩き回っています。本日は、ネギの育種や品種改良、産地の状況など、現場のことを中心にお話しします。
横浜植木株式会社 菊川研究農場 農場長
上村英俊氏
◇ネギの来歴
  • ネギの原産地は中国の北西部、モンゴルとの境のあたりです。

  • ネギの語源は、古い文献には「気の根を食べる」とされています。

  • 古くから栽培され、独特の臭気や抗菌作用があることから、薬として使われたようです。近年、成分分析等が進み、葉の部分の「ヌル」にはさまざまな抗菌作用があり、実際に体にいいことがわかってきています。

  • ネギには、土寄せをして栽培する「根深ネギ」、「葉ネギ」と呼ばれる九条群、「下仁田ネギ」や「加賀ネギ」のような寒冷地のネギがあります。中国から日本へ伝わったとき、南方のルートを通って来たのが「九条群」。北のルートが「下仁田」や「加賀」。「根深ネギ」はほぼ「千住群」で、中央から降りてきたのではないか、といわれています。
◇ネギの栽培について
  • 育種の際に大切なのは目標です。問題点を改善できれば使っていただけます。私は、収量性が問題だと考えました。当時は固定種で揃いが悪く、作柄も安定していませんでした。通常、10アールあたり4万本定植し、Lなら1つの箱に45本。定数詰めの5キロで500ケース以下でしたが、ときには100ケースも採れないなど、安定していませんでした。そこで、根深ネギで収量性が上がるものを目標に、育種をスタートしました。

  • 白ネギの作り方は、地面に溝を掘り、真ん中に定植し、土をかけます。ネギは苦しいので上に伸びる。これを繰り返して白根を長くします。「根」といわれますが、正しくは「葉」です。遮光すると、白く、味がよくなります。ネギにしてみれば迷惑な話でしょう。畝の頂上にネギを刺しておくと元気に育ち、ほとんど病気にもなりません。掘り下げて植え、土をかけられることをネギはいやがっていると思いますが、そうしないと商品にはなりません。

  • ネギの苗はチェーンポットで作ります。5センチほどの間隔のセルに2〜3粒のタネを播きます。

  • 定植の際は、ネギロケットという道具で開けた10〜15センチほどの穴に1本ずつ苗を植えていきます。埼玉県深谷北部はほぼこの方法で、定植の時期は話しかけることもできないくらい農家さんは大忙しです。

  • ネギの生長に合わせて、機械で土を寄せます。段階を踏んで土を少しずつ盛っていきます。仕上げまで非常にていねいな作業が必要です。

  • 収穫後は出荷調整のため、コンプレッサーで皮をむきます。約30年前までは手で皮をむいていましたが、今は圧縮空気をネギの襟もとにかけてスポンと取るので、出荷量が劇的に増えました。

  • いい畑には、形が揃い、まっすぐなネギが育っています。ただ、曲がったネギも味は変わりません。

  • ネギの臭いがきついとおいしくないといわれますが、ネギが好きな方はその臭いが好きなので、バランスをとるのがむずかしい。用途や流通の状況をみながら、判断します。

  • トップクラスの篤農家の畑では1ヘクタールあたり1000ケース以上のネギが採れることもあります。

  • ネギの栽培は簡単ではありません。台風で畑は壊滅状態になります。今年の15号は千葉県でゴルフ場の鉄塔が倒れるほどの強風でしたから、ネギはひとたまりもありません。風で倒れたネギは、人力で立ち上がらせます。ある程度大きくなると頭が重いので自力で立ち上がれず、放っておくとせっかく植えたのに出荷できなくなってしまいます。そこで、台風の後は、畑に入れるようになった瞬間に横一列になって、ひたすらネギを立てます。一列終わったら隣に移動して、同じことを繰り返します。産地では、こうした気の遠くなるような作業をしています。

  • 今までは、台風が来るときは土を寄せておくのがセオリーでした。ところが、最近の台風は規模や強さ、雨量が桁外れです。大量の雨が壊した畝に水と泥が流れ込んでネギを埋めてしまうと、土の中で曲がり、絶対にまっすぐにはなりません。曲がったネギはB品で値段が下がりますから、農家さんはなにがなんでもまっすぐなネギを作ろうとします。最近は、ネットでネギの先端を引っかけて倒れないようにする方法もあります。
◇交配ネギについて
  • 私が育種を始めた頃は、「OP品種」と呼ばれる固定種が主力でした。元は「◎」「▲」「〇」と違う遺伝子がざっぱくに入っている集団で「◎」がほしい場合、同じ形のものを選んでタネを採ります。ネギ坊主にはおしべとめしべが入っており、置いておくとミツバチなどが花粉をつけてくれます。遺伝質が混ざった状態の集団から目当てのものを選ぶと、集団はある程度一定の方向に動きます。これが固定種です。

  • ネギ坊主の花にはおしべとめしべがあり、自分の花粉で受粉する花とほかからもらう花があります。ほかの花粉をもらうのがハイブリッド、つまり「F1」です。

  • 自然界には、おしべが退化して花粉を出さない植物がたくさんあります。ネギのような他殖性作物は、ほかから花粉をもらうために雄性不稔という形質を持っています。F1を作るためには、タネを採る畑で花を1個ずつ見て、おしべが退化して花粉が出ない花を見つけて持ち帰り、1年間栽培します。翌年ハウスでネギ坊主を咲かせ、花粉が出ないことを確認した上で、それに対して掛け合わせます。

  • 花粉のないものにあるものを掛けると、子どもは花粉の出るものと出ないものがバラバラに出てきますが、ある父親を使うと花粉がまったく出なくなります。それを探すために何百という組み合わせを作ります。もうひとつの方法は、花粉が出ない株が得られたら、それを培養してネギのクローンを作り、花粉をかけてF1を作ります。

  • 父親は、自殖させて純血種を作ります。遺伝子をホモ化すると形質が揃ってきますから、揃ったものに対して母親を掛け合わせます。

  • F1は、親をたくさん作れば希望するものが必ずできます。10個の母親の系統と10個の父親の系統から100の品種ができ、そこから希望するものを探します。

  • 近年は遺伝子分析が進み、ゲノム編集のように突然変異と同じ状態を意識的に狙って作れるようになっています。ほかは変えずに耐病性など有用な遺伝子だけを仕込むことができます。ただ、現状はまだ、思い通りにはできていません。

  • F1は、品種内のばらつきが少ないので、アクシデントに弱くなる傾向があります。
◇育種の具体例
  • ネギの栽培で最も困るのは真夏の雨です。大雨の翌日晴れると、水温は約40℃とお風呂並みになります。イネの水田は水温がいきなり40℃になることはありませんが、ネギは畝が水たまりになると水温が上昇しネギが煮えた状態になります。

  • 品種によって耐湿性に差が出ます。私の作った品種は湿害への耐性が強いのですが、それは、うちの畑で生き残ったものの中から基準に合わせて選んだ結果です。

  • 私が最初に出した品種は「龍翔(りゅうしょう)」といいます。ネギの品種名にはよく「登」の字が使われます。そこで、「鯉のぼり」を考えましたが、ネギとはしっくり来ないので、「龍のぼり」、似たような名前があったので「龍翔」になり、その後、私の品種には「龍」がついています。

  • 固定種は揃いや耐湿性が落ちていくものですが、「龍翔」は全然変わらず、植えた直後は弱い状態でも最終的にはうまく仕上がることで、注目を浴びました。

  • 2003年まではほぼすべてが「龍翔」になると思っていたくらいですが、この年は冷夏で雨が多く、11月にさび病が激発しました。「龍翔」はさび病にはかからなかったのですが、年明けに「龍翔がおかしい」という話が増えました。パンクして中身が出てしまう小菌核腐敗病という病気で、全滅する畑もありました。原因をつきとめるために、産地に行き、「龍翔」が病気になった畑とそうでない畑を調べました。12月から始めて3月には「龍翔の使い方」という冊子を作り、栽培講習会を開いて原因や管理、防除の方法をお伝えしました。幸い、今後も使いたいと言ってくださる農家さんが多く、翌年の売り上げはほとんど下がりませんでした。その後、栽培講習会ではいいところではなく気をつけるべきところを詳しくお伝えするようにしています。

  • 今、産地で問題になっているのは黒腐菌核病です。寒くなると発生し、皮を1枚めくると腐っていて出荷できず、全滅します。土で移る病気ですが、産地からは、品種の耐病性を上げてほしい、と要望されています。

  • 「龍輝(りゅうき)」は、「黒柄」と呼ばれる葉の色が黒っぽい品種です。夏場の生育にすぐれる夏秋ネギです。

  • 「龍(たつ)ひかり」には1号と2号があり、秋冬ネギでは一番シェアがあります。1〜2月の千葉や埼玉の秋冬ネギとして、みなさんも私の品種を食べていると思います。

  • ネギは最初から肥料をたくさん与えると、後半バテてしまい、黄色くなって首が裂けてB品の山になります。特に「龍翔」は、最初は控えて後半に肥料を与えるとすごく勢いのいい状態になります。「龍ひかり」は「龍翔」よりも作りやすく、現在は2号がメインの品種となっています。
◇おわりに
  • 私が作った「味十八番」は、とてもおいしいネギです。ほどよい香りと歯切れのいい食感で、甘みもあり、バランスが取れています。自分の品種の中では「味十八番」が一番売れてほしいのですが、曲がりが多いので、友達に作ってもらったとき、自家用にはいいが出荷はできない、と言われました。袋の表示などで差別化販売はしていますが、まだ伸びません。ネギは食べものですから、今後、食味に特化した育種をもう少しやってみたい、と思っています。

  • いつもは産地でネギの上手な作り方などについて話をしており、今回のような話をしたのは初めてでしたが、私のような育種家がいること、産地の方が苦労して栽培していることをご理解いただければありがたく思います。ご興味があれば、静岡県にある私どもの農場にぜひお越しください。
◇質疑応答より

    Q:夏場、白根が短いネギが多いのはなぜですか?
    A:ネギは土寄せして葉鞘部の付け根を埋めると弱り、腐れが出るからです。「龍美(りゅうび)」は腐りに強いので、長い夏ネギが出るようになるかもしれません。

    Q:仙台の「曲がりネギ」のような曲がっているネギをお客さまに売るとしたら、どのような説明をすればいいでしょうか。
    A:仙台の「曲がりネギ」は意識的に一回溝に寝かせて作っています。掘るとすぐ砂利が出てくるような畑に向いています。曲がりネギにも数種類あり、地ネギの品種は非常においしいので、ご自身で味を確かめてお客さまにすすめるといいでしょう。

    Q:千葉の柏で八百屋をしています。地元のネギをヌル付きで販売したいのですが、いい方法はありますか?
    A:抗菌作用があって体にいいですよ、と説明して納得してくださるお客さまにはヌル付きでもいいかもしれませんが、なかなかむずかしい問題です。先日参加した研究会でもヌルが話題になり、「今までは無駄なものと思っていたのに、突然健康にいいといわれても発想の転換ができない」と言っている方がいました。また、ヌルが原因で箱がつぶれてしまうので、少ない品種が望まれます。東北地方での夏ネギの出荷の際は、畑でネギを逆さにしてヌルを切ります。調整小屋でもう一回、皮むき後、選別する前、箱に入れる前にもまた切って、ようやく出荷します。ヌルの量は品種によって、また収穫時の水分量によっても変わります。サラサラした液体に近いものから、粘性の強いものまであります。人間の体にいいのであれば、粘着度を上げて葉の外に出ないようにするとか、やり方は考えられます。ただ、箱がつぶれては出荷できませんから、流通形態が変わらなければ、ヌルの多いものを選抜していいのか、育種家としては悩ましいです。

    Q:ネギは生長するにつれて枚数が増えるのですか?
    A:葉を1枚1枚更新して、内側から増えていきます。更新が終わると下にある新しい葉が出てきます。葉の枚数は決まっていません。ネギは生長点が死なない限り生きていて、暖かさや寒さを感じるのもこの部分です。ある程度の太さになったものに低温が当たると葉の先端がネギ坊主になるのですが、抽苔を遅くしたいときは土を多めにかぶせて生長点を保温します。また、ネギは一年草ではなく多年草です。植え替えて育てれば何年間も出てきます。

    Q:おいしいネギの食べ方を教えてください。
    A:私は、マグロのブツとネギを出汁で煮て食べる「ねぎま」が好きです。ネギがマグロとよく合うと思います。また、ネギを刻んでおかかとしょうゆで和え、ごはんにのせて食べると、ネギ本来の味が楽しめます。刻んだネギは冷凍保存も可能です。皮をむいた直後から味が落ち始めるので、食べる直前に皮をむくほうがいい。泥ネギを皮がついたままドラム缶で真っ黒になるまで焼くとものすごく甘みが出ます。

    Q:冬ネギから春ネギにかわるときに2つくっついたようなネギがありますが…。
    A:分けつ、といわれる状態です。昔の固定種は2〜5割発生しましたが、F1になって発生率は下がりました。もともとの遺伝形質に持っていたものが環境や温度の変化によって出てくるのだと思います。よく高温乾燥で出やすいといわれますが、産地の方によるとノンストレスで育ったネギにも出るそうです。

 

【八百屋塾2019 第8回】 挨拶講演「ネギ類について」勉強品目「ネギ類」「ミカン」食べくらべ