■2022年12月18日 第9回 さといも・西洋なし 〜 講演「さといも」について 千葉県農林総合研究センター 鈴木健司氏
◇はじめに
  • 千葉県農林総合研究センターは、千葉県の出先機関で、千葉県の農林業の振興のための調査研究を行っています。千葉市に本場、香取市に水稲・畑地園芸研究所、館山市に暖地園芸研究所、山武市に森林研究所があります。

  • 千葉県は農業が盛んで、産出額全国1位のものとして、落花生、日本なし、だいこん、さやいんげん、かぶ、マッシュルーム、しゅんぎく、みつばなどがあり、2位のものとしては、さといも、ねぎ、にんじん、すいか、とうもろこし、しょうが、ししとうなどがあります。
千葉県農林総合研究センター 鈴木健司氏
  • 千葉県の最近の育成品種では、まず2018年にデビューした落花生、「Qなっつ」。サヤが白く、従来の品種より甘みがはっきりと感じられ、ゆでてもおいしく食べられます。「おおまさりネオ」は、ゆで豆用のジャンボ落花生です。これまでの「おおまさり」の味・大きさはそのままに、作りやすいように改良した品種です。2020年にデビューしたお米の品種「粒すけ」は、粒が大きく、適度な粘りと弾力があり、いろいろな料理に合います。味もコシヒカリと同等以上で、面積は順調に増えています。2021年秋デビューの日本なし「秋満月(あきみつき)」は、実が大きく甘くてジューシー、なめらかな果肉が特徴です。また、湿地性カラーの「ブリリアント・ベル」は従来より小ぶりで、ブーケやアレンジメント用としても期待されています。本日テーマのさといもは、丸くて大きい「ちば丸」を2007年に育成しました。
◇さといもの来歴
  • さといもの起源はインド東部から東南アジアの大陸南部といわれています。根菜文化の主要品目として利用され、それがマレー半島からインドネシアで二次的に分化して太平洋の島々に伝わりました。これらは親いも系のタイプです。もう一方、中国では子いもタイプが分化したと考えられています。

  • 日本へは縄文初期に導入されました。黒潮海流のルート(親いもタイプ)と、中国大陸を経由した南島ルート(子いもタイプ)の2つがあり、何回かに渡って渡来したと考えられています。

  • さといもは古くから日本で栽培されてきたため、地域の文化に根差した風習が多数あります。中秋の名月を「いも名月」と呼びますし、山形のいも煮会も有名で、ほかの地域にもいも煮の風習があるそうです。神事にも使われ、千葉県の館山市では、「茂名さといも祭り」が行われます。十二所神社で毎年2月に五穀豊穣や無病息災を祈って赤芽のさといもを奉納します。赤芽ですが「セレベス」とは違い、この地域で昔から作られてきた在来の「茂名いも(もないも)」というさといもです。
◇さといもの品種と育種
  • さといもは茎が肥大した「球茎」です。ただし、野生のさといもはいもにはならず、いちごのようにランナーが伸びて増殖します。長年かけて改良した結果、現在のようなさといもになった、ということです。

  • 種いもを植えると芽が出て、親いも、子いも、孫いもがつきます。地上部に見えるのは葉っぱだけです。

  • 高温多湿を好み、生育適温は25〜30℃、最低でも12〜15℃、水を大変好む作物です。

  • 4月中旬に種いもを植えると芽が出て、地上部で葉っぱが展開します。葉が5〜6枚になると子いもの芽ができ、7月下旬頃にいもがつき、だんだん肥大して10月にはいもの形が決まってきます。

  • さといもの品種は多く、一説には140とも200ともいわれていますが、同じ品種で違う名前のものもあり、はっきりとはしていません。

  • 主な品種は、「たけのこいも(京いも)」、「八つ頭」、「唐いも(とうのいも/「えびいも」とも)」、「セレベス」、「石川早生」、「早生蓮葉いも」、「土垂」などがあります。

  • 利用する部位によって、親いも用、子いも用、親子兼用品種に分けられます。ずいきを利用する品種もあります。海外では、ランナー、花を利用することもあるそうです。店頭や市場で、多くは「さといも」として売られていますが、早生品種は「石川早生」が多く、親いも用や親子兼用品種の多くは、品種名や商品名で販売されています。芽の色や、染色体の数による分類方法もあります。

  • 「石川早生」のように全国的に作られている品種もありますが、栽培の歴史が古いので、各地域に適応し独自に栽培されているものも多数あります。

  • さといもの分類は、熊沢三郎氏による分類が基本になっています。熊沢氏は、約200品種を15のグループ(品種群)に分類しました。食用部位、食味、早晩性、倍数性、植物学的分類で品種群を分けたものです。「はすいも」は葉柄だけを使う品種で、これだけは植物学的な種が違います。
◇主な品種の特性
  • 「えぐいも」は、「関西土垂」、「紀州いも」、「花いも」とも呼ばれています。多収性で、花が咲きやすく、寒さや乾燥に強い。国内各地にある石いも伝説は、「えぐいも」が半野生化したものといわれています。特別おいしいものではありませんが、貯蔵して熟成すればおいしく食べられる品種です。

  • 「蓮葉いも」は、葉が蓮のように上を向くことからこの名前があります。乾燥や高温に弱い品種です。「早生蓮葉」、「女早生」、愛媛県のブランド「伊予美人」も「女早生」です。

  • 「土垂」は最も多様な品種があるグループです。遺伝的には「蓮葉いも」と近く、ぬめりが強い品種が多い。環境への適応が高く、形状は長いものから丸いものまであります。丸いものでは、「大野在来」、「大和早生」、「ちば丸」。長いものでは、「愛知早生」、「小姫」、「白石在来」などがあります 。

  • 「石川早生」は、早く収穫できる豊産性の品種で、形は丸く、産地は西南暖地、南関東など。来歴ははっきりしませんが、大阪府石川付近で発見された「黒軸」の変異品種といわれています。

  • 「黒軸」は、軸(葉柄)の部分が黒紫色のグループで、岩手の「二子いも」、台湾の「うーはん」など。ぬめりよりも、ややホクホク感があります。「石川早生」同様、水晶症状が発症する、と聞いています。

  • 「唐いも」は、「からいも」ではなく「とうのいも」と読みます。「えびいも」は、「唐いも」の品種のうち、子いもの肥大がよいものを特別に栽培したものです。えぐみが少なく、葉柄もずいきとして食べられます。

  • 「八つ頭」は、遺伝的には「唐いも」と近いグループで、縁起物としておせち料理に使われます。孫いもは普通のさといものように一個一個分かれた形で「八つ子」として販売されています。

  • 「赤芽」は名前の通り芽が赤い、親子兼用品種。地上部が大きくなります。今は「赤芽」というと「セレベス」を指しますが、戦前は種類がたくさんありました。八丈島にある在来の赤芽系統は、有名です。「セレベス」は、昭和10年にセレベス島(スラシェシ島)から導入され、導入当初、国内では「大吉」という品種名が付けられ流通していました。

  • 「たけのこいも」は、大半が宮崎県で作られている親いも専用品種です。形がたけのこのようなのでこの名前がありますが、「京いも」という商品名のほうがよく知られているかもしれません。

  • 「びんろうしん」は、国内での栽培は少なく、台湾、香港などで作られている晩生の品種で、親いも専用です。独特の香りから「香りいも」とも呼ばれます。いもの断面に赤紫の斑点があるのが特徴です。
◇優良系統の選抜
  • 現在、新しい品種として登録されているのは全部で8品種。他の作物に比べ少ないのは、さといもは花が咲きにくいこと、種が得られない3倍体が多いことが影響しています。品種改良は、大部分が系統選抜と突然変異を中心に行われてきました。

  • 系統選抜は、バラツキのあるたくさんの株の中から特性のよいものを選び出し、それを何回も栽培 して、特性の安定したものを選び出していく方法です。突然変異は、人為的に変異を作り、選べる変わり種を増やす方法です。また、最近は交雑育種のものも登録されてきています。

  • 選抜育種では、神奈川県の「神農総研1号」、「京都えびいも1号」。突然変異育種では、佐賀県で「八つ頭」から作った「福頭」、「女早生」を組織培養して選んだ「愛媛農試V2」、千葉県では軟X線を1回照射した「土垂」から丸系の品種「ちば丸」を育成しています。愛媛県の「媛かぐや」は、「たけのこいも」と「唐いも」の交雑による育種です。

  • 「ちば丸」は突然変異育種です。1995年に、軟X線を1回照射したさといもを畑で栽培し、丸く大きくてよいものを選んでいきました。3年かけて3系統に絞り、2000年に1系統に絞りました。これは試験場の畑で行いましたので、他の畑でも栽培して、2007年に登録しました。

  • 例えば、「石川早生」の地上部には、変わり種として「黒軸」のように全体的に黒紫になったり、一部だけ黒紫になったりする変異が出ます。この変異自体はいもの栽培には重要ではありませんが、こうした変異がいもにも出ます。その中からよいものを選ぶわけです。とはいっても、丸くなる変異があるということは、逆の長くなる変異が出る可能性もはらんでいますから、毎年作って、安定してよいものを選んでいくことが重要になります。丸いものを狙うなら、長いものができたら除かないと、劣化していってしまいます。
◇「ちば丸」について
  • 「ちば丸」は、肥大がよい丸系の「土垂」の品種で、現在、県内で約100ha栽培されています。

  • JAかとり、JAちばみらいなどで生産・出荷していますが、「さといも」としてほかの品種といっしょにされることも多く、「ちば丸」として出荷しているのはJAかとりだけだと思います。

  • 食味は、なめらかで、ほどよい粘りがあり、肉質がやわらかく、おいしい。かつて大学生にアンケートを取ったところ、8割近くが、「土垂」と比べ「ちば丸」のほうがおいしいという評価でした。昔は粘りが強くしっかりした味のものが好まれましたが、最近はなめらかでほどよい粘りのものを好むのかもしれません。

  • レシピを作ってPRしましたが、手間がかかるのは敬遠される傾向にあるので、シンプルな料理で簡単に食べられる、というPRも必要です。きぬかつぎや、焼きさといもなどが店頭の販促で好評だったと聞いています。
◇生産状況と栽培の概要
  • 2020年、国内のさといもの産出額は343億円、面積は8,946ha、出荷量は84,496t。産出額が多いのは、埼玉、千葉、宮崎、鹿児島、愛媛、栃木の順で、これはここ数年変わりません。栽培面積は年々減少しており、10年前に比べると35%減っています。

  • 2021年の東京中央卸売市場の月別のさといもの販売額のグラフによると、「石川早生」が5〜6月に鹿児島から始まり、宮崎、8〜9月中心に千葉が続きます。10月以降は埼玉が多くなり、その他の産地も出てきて、年間で一番多いのは12月になります。年明けは貯蔵ものが流通します。収穫は秋から冬にかけて。千葉県では早生の8〜9月と12月がピークになっています。品種としては8〜9月が「石川早生」、後半は「セレベス」や晩生品種、年末は「八つ頭」も出荷されます。

  • 千葉県でのさといも栽培は、「石川早生」の早熟栽培と、ほかの品種の普通栽培に分けられます。

  • 千葉県の主な産地は、火山灰土の畑(北総台地)が中心です。九州も火山灰土の畑が多く、その他の産地は水田転換の畑が多い。鹿児島では田んぼでの栽培(水をはったままの栽培)が開発されています。

  • 早熟栽培(石川早生)の場合、3〜4月に種いもを選別し、マルチをはり、種いもを植えつけます。この前に土づくり、たい肥や肥料をまくなど、畑の準備が必要です。「石川早生」は株間を狭く植えつけます。生育すると株もとに土を寄せるので、トンネルやマルチは葉が6枚くらいになったら取ります。

  • 普通栽培は、マルチをはる方法と、気温が上がってきたらマルチをせず露地で栽培する方法があります。畝の形は、平たい畝と高い畝があり、最近は高畝で土寄せをしない管理も多くなっています。田んぼでは水はけのこともあり高畝が一般的です。

  • 植えつけは、最近は機械化も進んできています。

  • 途中の管理は、追肥や土寄せ、夏場はしっかりとかん水をします。さといもは水が欠かせないので、かん水は重要です。

  • 8〜9月が生育のピークで、11月になると地上部が小さくなります。中晩生の品種は、霜が1〜2回降りると収穫時期ですが、あまり寒くなると傷むので、千葉県では11月中に収穫しています。

  • 掘り取り作業は、根菜類汎用収穫機やポテトディガーなどを使います。そのあと手作業でバラバラにします。ところによっては、根などを取ったり、選別・調製が機械化されていたりします。

  • さといもは6℃以上あれば保存できます。千葉県では、畑に穴を掘り、株ごとさといもを伏せ込んで貯蔵しています。12〜4月は、随時、ここから掘り出して、調製・出荷しています。

  • さといもの機械化が進まないのは、株をバラバラに分けるところに課題があります。最近は、親いもと子いも・孫いもを分離する機械も販売されていますが、そのあとの作業にはやはり手作業が必要です。
◇主な病害虫と障害
  • さといもは他の野菜に比べ病気や害虫は少なく、それほど農薬などを使わなくても栽培できます。

  • 地上部の害虫は、春先のアブラムシがウイルスを媒介したり、夏場の乾燥した時期にはハダニ類が葉の裏につき、ひどいときは枯れます。5〜7月はセスジスズメの幼虫、8〜9月はハスモンヨトウが発生して葉っぱを食べてしまうこともあり、どちらもひどい場合は防除が必要です。

  • 2014年頃から主産地でさといも疫病が発生して被害が拡大し、一時期、面積減になりました。症状は、葉に茶色い斑点が出て、ひどくなると葉っぱがほぼなくなり、いもが育たなくなります。伝染源は種いもや野良いもで、暖かい時期に雨が降ると感染しやすいことがわかり、対策も確立しているので、以前に比べ防除の手間は増えましたが、被害は軽減しています。

  • 地下部の病害虫では、いちょう病といって、畑の土や種いもから伝染し、いもの中がスポンジのように腐ってしまう病気があります。あとは、コガネムシの幼虫がいもの表面をかじってしまうとか、センチュウがいもや根についてしまったりすることもあります。病気やセンチュウは長年同じところで作ると被害が増えるため、さといもは続けて栽培はしません。さつまいも、にんじんなどと組み合わせての輪作が一般的で、それにより病気を回避するという取り組みをしています。

  • 水晶症状は「石川早生」で出る障害です。いもを切ると透き通っており、透明部分はデンプンの蓄積が少なくおいしくありません。芽つぶれ症は養分欠乏が原因で高温や乾燥で養分を吸えなくなったとき、裂開(ワレ)は畑の乾燥で発生することが多く、どちらも畑の土づくりやかん水が重要です。
◇おわりに
  • さといもは、産地では、収穫直後に湿気たままだと腐りやすいので、天気のいいときに収穫し、ある程度乾かしますが、市場流通後は乾かないように管理してください。
◇質疑応答より

    Q:突然変異育種の例で「ちば丸」のお話がありましたが、何をどれくらい照射するのですか?
    A:「ちば丸」の場合は植物を通り抜けない「軟X線」を1回だけ照射しました。照射後に放射線が残ることはありません。突然変異育種は、昔からある育種の方法です。さといもの場合1900年代後半から行われています。

    Q:さといもの生産量は減っていますが、外食や中食ではかなり中国産の冷凍さといもが出回っています。今後、加工や冷凍向けの品種を育成するといった取り組みは行われますか?
    A:品種改良はいろいろ行われていますが、品種登録につながる画期的な新品種を作るのはなかなか難しい。国産の冷凍がないのはコスト面からです。千葉県は市場出荷向けが中心ですが、九州では国の研究機関や機械メーカーがタイアップして機械化に取り組んでおり、コストを下げ、業務加工用としても出荷できる取り組みが行われています。

    Q:先ほどの資料によると、「えびいも」、「唐いも」、「京いも」は同じものですよね。宮崎の「たけのこいも」も「京いも」と呼ばれていますが、それも同じなのですか?
    A:宮崎では、昔、「台湾いも」という名前で日本に導入された「たけのこいも」(品種グループ)を栽培しており、京都の料亭で使われるイメージを狙って「京いも」という名前で販売するようになりました。これとは別に、京都の「えびいも」は伝統野菜のさといもで、「京いも」とも呼んでいます。静岡産の「えびいも」と同じ仲間で、いも柄も食べられます。「えびいも」と「たけのこいも」はまったく別のものです。

    Q:食べくらべ用にさといもを蒸したところ、新潟の「帛乙女(きぬおとめ)」に、白く仕上がるものと紫に仕上がるものがあったのですが、原因は?
    A:色が変わるものは品質が悪いのではなく、どちらかというと若いものは白く仕上がることが多く、充実しているものは色が変わりやすい。何の物質が原因で、どのような環境だとそうなるのかはわかりません。

    Q:今のお話に関して、「若いいも」ってどういうことですか?
    A:さといもは同時にいもがついて同じように肥大するわけではありません。親いもができ、そこに子いもができます。子いもも、親いもの下のほうにできるものと上のほうにできるものは時期が違う。さらに、早くできた子いもに孫いもができる。秋になればある程度一様にはなりますが、同じ株の中でも先にできたものと後にできたものでは多少違う、ということです。どちらかというと、同じ株の中でも丸いものは後にできたもので、長めのものは先にできたもののことが多いと思います。

    Q:皮をむいたときに緑色になっているものは食べてもいいのですか?
    A:緑色になるのは、光に当たったためです。じゃがいもはソラニンという有害物質ができて食中毒を起こすことがあります。さといもにはそれ(ソラニン)はありませんが、えぐみ成分のシュウ酸は外側に多くできている可能性があります。程度によって、気にしないで食べられるときと、取ったほうがいいときがあると思います。

 

【八百屋塾2022 第9回】 挨拶講演「さといも」について勉強品目「さといも」「西洋なし」食べくらべ