■2022年10月16日 第7回 かき・りんご 〜 講演「かきの甘渋性および品種育成について」 農研機構 果樹茶業研究部門 果樹品種育成研究領域 落葉果樹品種育成グループ 河野淳氏
◇はじめに
  • 農研機構の沿革は明治26年の農事試験場の設立にさかのぼります。その後、果樹試験場などの専門場所と地域農試がまとまって農研機構となりました。平成28年(2016年)には、更に農業生物資源研究所や農業環境技術研究所などと統合され、ひとつの大きな機関となっています。農研機構では全国的にご利用いただけるような品種の開発を行っています。
農研機構 果樹茶業研究部門
果樹品種育成研究領域
落葉果樹品種育成グループ 河野淳氏
◇かき生産の現状
  • 国内果樹生産の概要を、農林水産省「果樹をめぐる情勢(2022年8月)」を基にお話しします。インターネット上で公表されており、非常に参考になる資料です。

  • 果樹の品目別面積順ランキングは、1位みかん、2位りんご、3位かき。かきは面積では3位ですが、生産量としては4位、生産額では7位です。生産額3位はぶどう。シャインマスカットの影響で、早晩ぶどうが1位になるだろう、と思います。

  • 果実の産出額の品目別割合(2020年)によると、ぶどう、みかん、りんごの順になっており、かきは434億円です。

  • ここ10年の産出額の推移は、ぶどうが右肩上がりで伸びて1番。みかん、りんごはほぼ横ばいです。近年、卸売数量全体は減る傾向にあり、価格は上がっています。「果樹をめぐる情勢」によると、背景にあるのは、優良品種・品目への転換、消費者ニーズにあった高品質な果実生産、人口減少等による需要減少以上に生産量が減少しているとのことです。今後は、生産量が減らないようにすることが重要だと思います。

  • 産出額上位3品目(ぶどう、みかん、りんご)とかきの生産量・産出額・作付面積の推移をみると、 ぶどうは産出額が伸び、収穫量と栽培面積はやや減っています。この10年で栽培面積は約5%の減少です。うんしゅうみかん、りんご、かきは、産出額はほぼ横ばいですが、生産面積は少しずつ減り、この10年でうんしゅうみかん17%、りんご7%、かき17%の減少となっています。

  • 果樹品目別労働時間をみると、ぶどうは単価がよく勢いはありますが、労働時間が長い作物です。かき、みかんは果樹の中では労働時間は短いほうになります。

  • かきの都道府県別収穫量(2021年産)は、1位和歌山県、2位奈良県、3位福岡県、4位岐阜県、と昔から有名な産地です。

  • 例えば、りんごの生産は青森県が圧倒的ですが、それに比べると、かきは全国的に作られている樹種です。

  • かきの主要品種(上位10品種)の栽培面積割合をみると、2019年は、「富有」24%、「平核無」17%、「刀根早生」17%で、「富有」は1番ですが、「富有」と「松本早生富有」の合計より、「平核無」と「刀根早生」の合計のほうが多くなっています。「富有」の面積が1番なのは1978年の統計でも同様です。最近は、「市田柿」を店頭で見かけますが、これは干しがき用に作られています。「太秋」は、農研機構の育成品種です。「中谷早生」は「刀根早生」がさらに早生になった枝変わりです。

  • 「富有」、「平核無」と枝変わり品種面積の推移をみると、「富有」と「松本早生」は大きく減少し、「刀根早生」も減っていますが、「富有」に比べ減少はなだらかです。

  • かきの都道府県別栽培面積(2018年)では、和歌山県は渋がきの「刀根早生」が52%、「平核無」が17%、「中谷早生」7%。「富有」は17%です。奈良県は、「刀根早生」や「平核無」も作っていますが、50%が「富有」で「松本早生」は13%。福岡県、岐阜県は「富有」が主体。福岡県は、「富有」が57%、「松本早生」18%。「太秋」は6%。岐阜県は「富有」発祥の地なので、75%と非常に多くなっています。

  • 「太秋」は農研機構が育成した品種です。「富有×IIiG-16」の交配から生まれ、1995年に品種登録。中生で、サクサク感が特徴で、在来のかきにはない食感です。食味がよく、大果です。2003年くらいから右肩上がりで伸びてきて、最近は300haほどとなっています。

  • 「太秋」の県別栽培割合(2018年)によると、1位は熊本県40%、福岡県16%、東京6%。熊本県は「太秋」だけでなく、「葉隠(はがくし)」も43%と、同じくらい作っています。「葉隠」は渋がきで、干しがき用の品種です。
◇かきの渋みと甘渋性について
  • かきの渋みの原因物資は、カキタンニン。渋みは、タンニンが舌のたんぱく質と結びつく結果生じる収れん性の味覚です。カキタンニンは水溶性の状態で渋みを感じます。脱渋(渋抜き)は炭酸ガス処理が主流で、ほかにはドライアイス、アルコール処理、温湯処理などがあり、いずれもタンニンを消失させるのではなく、不溶化させる(水に溶けないような形にする)処理です。カキタンニンはアセトアルデヒドで不溶化されると考えられており、酸素を絶った状態で果実内に生じるアセトアルデヒドにより渋を抜きます。

  • ゴマ(褐斑)のあるかきは渋くない、ゴマが入らないと渋くて食べられない、といいますが、炭酸ガスを用いたCTSD脱渋された「刀根早生」や「平核無」には褐斑はありません。単にカキタンニンの不溶化処理のみでは褐斑は生じません。一方、樹上で袋がけしてエタノール処理をした「平核無」(「紀の川柿」など)には褐斑が入ります。京都大学元教授の杉浦先生によって、樹上脱渋処理では、褐斑発生時にポリフェノール酸化酵素の活性が高いことが示されており、不溶化したタンニンが酸化されることが褐斑形成の主な原因と考えられています。

  • かきの甘渋性(あましぶせい)の分類ですが、かきは、「完全甘がき」「不完全甘がき」「不完全渋がき」「完全渋がき」の4つに分けられ、完全甘がきとそれ以外の3つ(非完全甘がき)という分類が、非常に重要です。市場で売られている甘がきは、現在は大部分が完全甘がきです。

  • 完全甘がきとは、種子の有無にかかわらず常に甘がきになるもので、たとえば、「富有」、「次郎」、「太秋」などになります。

  • 不完全甘がきは、種子ができると広範囲に褐斑(ゴマ)が生じて甘がきになりますが、種子数が少ないと渋い部分が残るものです。「西村早生」、「禅寺丸」など。

  • 不完全渋がきは、種子ができるとその周辺に褐斑が生じて渋みが抜けますが、その範囲が狭いために必ず渋い部分が残るものです。「甲州百目」、「平核無」など。

  • 完全渋がきは、種子の有無にかかわらず褐斑は入らず、常に渋がきです。「西条」、「市田柿」、「愛宕」など。

  • 不完全渋がきである「平核無」、「刀根早生」は種子がほとんど入らないためゴマが入りません。ただ、まれに退化した種子が入ることがあり、その場合は周囲にゴマができることもあります。

  • 完全甘がきは、開花期ごろから急激にタンニン細胞にタンニンを蓄積しますが、開花20〜30日頃にタンニンの生成が止まります。 その後、果実の肥大に伴ってタンニンが希釈され、濃度が減少、渋みを感じなくなります。

  • 不完全甘がきでは、7月半ば以降に急速にアセトアルデヒドが生成され、カキタンニンと結合し、タンニンが不溶性になって渋みを感じなくなるといわれています。アセトアルデヒドは種子形成に伴って果実内に広がり、不溶化されたタンニンはその後酸化されて褐色となり褐斑(ゴマ)になります。

  • 甘がきで最も古い記録が残っているのは、不完全甘がきの「禅寺丸」です。1214年、神奈川県都築郡柿生村(当時)にある王禅寺の再建の際、木材を求めた山中で発見され、境内に移植したのが始まりとされています。江戸時代には多く植栽され、東京では大正時代まで代表的な甘がきでした。「王禅寺丸」と呼ばれていたものが、次第に「禅寺丸」となったそうです。不完全甘がきで、品質が優れないので、現在では生産は大きく減少しています。ただ、雄花が多く、花粉量や花粉発芽率もよいため、受粉樹として現在も各地で利用されています。東京近郊にはほかに「甘百目」、「黒熊」といった不完全甘がきの在来品種があり、互いに近縁と推定されています。

  • 江戸時代まで、完全甘がきとして知られていたのは「御所」のみでした。「御所」が初めて文献に現れたのは1684年の「雍州府志(ようしゅうふし)」で、「禅寺丸」より470年も遅いことになります。完全甘がきの在来品種は17品種あり、多くが近畿、東海地方の原産です。これらは、果形が似ており、裂果性や晩生などの特徴を共有することから、近縁と考えられています。
◇農研機構におけるかき育種
  • 農研機構では、1938年、静岡県の興津の園芸試験場でかきの育種がスタートし、1968年、広島県の安芸津に移転。当初から、完全甘がきの優良品種の育成が目標で、現在も変わっていません。

  • 良食味、裂果(へたすき、果頂裂果)がないこと、高収量、早生を主な目標としておりました。

  • 果肉がやわらかいこと、果汁が多いこと、糖度が高いこと、粉質化(ボケた肉質)はないことを良いとして選抜しております。

  • 食味は、「太秋」をはじめ大きく改良され、交雑実生集団の裂果性も大きく低下しました。「早秋」、「甘秋」など、在来の完全甘がきより熟期が前進した早生品種を多数育成しました。

  • 問題点は、樹勢や収量性の低下を招いたことです。これは「近交弱勢」に由来すると考えています。早生品種の育成に向けて、完全甘がき同士の交配から早生の個体選抜を繰り返した結果、成熟期が10月になるなど、早生の個体は増えました。一方、果実重が小さな個体や、樹勢が弱い個体も増えました。この原因は、近縁と考えられる少数の完全甘がき在来品種を親とした近親交配が、果実重や樹勢に悪影響を及ぼしたためと考えられました。

  • そこで1990年から、あまり用いられなかった非完全甘がきを用いた交配母本の育成も開始し、優良な非完全甘がき系統を選抜。結果、「太天」、「太月」を育成しました。

  • 一般に非完全甘がきと完全甘がきを掛け合わせると、完全甘がきではないものばかりが出てきます。甘渋性に関わる遺伝子をA/aとすると、かきは6倍体なので、「aaaaaa」、「AAAAaa」などと書き表すことができます。すべて小文字aとなると完全甘がき、大文字Aという遺伝子を一つでも持つのが非完全甘がきです。6つのaが全部小文字の完全甘がきは、非完全甘がきを1回交配しただけでは通常は得られません。育種上の難題でしたが、京都大学が開発したDNAマーカーによってAとaを見分けられるようになり、現在はどういうものを親にすればいいのかがある程度わかります。これを活用し、今まであまり用いられなかった渋がきを親にして、育種しています。

  • 別の問題は、果皮の汚損です。かきの果皮には、条紋、破線状、雲形状と呼ばれる汚損が生じます。条紋が入った部分は糖度が高いのですが、見た目や日持ちなど商品上の問題があり、汚損の少ない個体の選抜と母本への利用が大切です。「富有」、「平核無」は非常にきれいで揃った果実がよく生産できる優れた品種です。

  • 農研機構による主要なかき育成品種(台木品種等を除く)は以下の通りです。
    「駿河」「伊豆」「新秋」「陽豊」「太秋」「夕紅」「早秋」「甘秋」「貴秋」「太天」「太月」「太豊」「麗玉」「太雅」
◇主要品種および今後期待される新品種「麗玉」の特性紹介
  • 「富有」は、晩生で、へたすき(へた付け根付近の裂果)が多少生じますが、汚損果がほとんどない点が優れています。糖度は15〜16%程度、果汁は多く、食味に優れます。単為結果力はやや低く、安定生産には種子形成が必要になります。日持ち性はよく、冷蔵貯蔵でも出荷されています。福岡県では個包装で遅出しもしています。

  • 「富有」の原産地は岐阜県本巣郡巣南町居倉です。当時「居倉御所」と呼ばれたかきに、福嶌才治氏が「富有」と名づけて、1898年岐阜県農会主催のかき展覧会に出品し、一等賞を受賞。1903年の岐阜県農会主催の蔬菜果実品評会でも一等賞となり、審査長だった農事試験場園芸部長の恩田鉄弥が全国に奨励し、急激に栽培が広まった、といいます。1934年の統計で、全国で5,705haとすでに第1位の品種でした。「富有」が17%、その他52%で、この頃は各地でいろいろな品種が作られていたことが分かります。

  • 「松本早生富有」は京都府綾部市の松本豊氏の富有園で発見され、1952年に農産種苗法に基づき登録。「富有」より早生ですが、収量性が劣るとされます。

  • 「平核無」は、中生で、裂果性がなく、汚損果も少ないのですが、糖度は14%程度です。果汁は多く、やわらかく緻密な肉質で、食味に優れます。単為結果力は高く、受粉樹は不要で、結実は良好です。「刀根早生」は、「平核無」より2週間程度早く熟します。

  • 「平核無」の原木は新潟県にあり、「八珍」、「核無」と呼ばれていました。1880年代末に山形県鶴岡市の鈴木重行氏が苗木商から購入した苗からこの品種を見出し、同地の酒井張良氏が推奨して、庄内平野で広く栽培が始まりました。1909年の山形県農会主催の品評会で、東京大学の原煕(ひろし)が「平核無」と命名し、広まりました。1934年の統計では全国で917haでした。

  • 「刀根早生」の原木は奈良県天理市にあります。1959年の伊勢湾台風で被害を受けた天理地域で、1960年春に「平核無」の高接ぎが広く行われました。その中で、刀根氏が接ぎ木した樹の中の一枝の果実が他より早く色づいているのを、1969年に奈良県職員が見出し、1980年品種登録されました。

  • 「麗玉(れいぎょく)」は、農研機構が最近育成した中でも、期待される品種です。「甘秋×安芸津19号」の交配で、早生(「伊豆」と「松本早生富有」の間)。果実の大きさは、「松本早生富有」並み。へたすき、果頂裂果はほとんど生じず、汚損果は「松本早生富有」並みに少ないです。糖度は高く、果汁も多く、食味に優れています。単為結果力が高く、雄花のない条件下で種なし果の生産が可能です。日持ちは「松本早生富有」並みです。

  • 「富有」は種が入らないと落ちやすいのですが、「麗玉」は落ちにくく、種が入っても入らなくても安定して結実します。

  • 以下は、2012年以降に品種登録されたかき品種(台木品種除く)です。
    「福岡K1号」「堀内早生」「太豊」 「太雅」「麗玉」 「ねおスイート」「紀州てまり」
◇かきの栽培と天候の影響、軟化について
  • 事前にいただいていたご質問にお答えします。まず、かき栽培への気象の影響について。岐阜県の研究によると、温暖化により、「富有」の色が着きにくくなっている、といいます。秋の気温の低下により着色することから、今後も、残暑の厳しさが増すと色が薄くなる可能性があるようです。

  • 「刀根早生」果実の軟化について。水分ストレスでエチレンが出てくるので、乾燥の抑制が重要です。京都大学の中野先生らの研究によると、「刀根早生」の流通中の軟化防止対策として、有孔ポリエチレン包装が有効。また、透湿性の低い物質を塗布し、箱内の湿度を高く保持した防湿改良段ボール箱は、「刀根早生」の軟化発生を効果的に抑制しました。有孔ポリエチレン包装および防湿改良段ボール箱は実際に和歌山県「刀根早生」流通に利用され、軟化防止に成功している、とのことです。
◇質疑応答より

    Q:佐渡の「おけさ柿」の渋抜きの方法について、炭酸ガスとアルコールで甘さに違いはありますか?
    A:糖度が変わるという話は聞いたことはありません。今のメインは炭酸ガスによる脱渋(CTSD脱渋)です。エタノールで脱渋すると軟化しやすいとされますが、一方で風味がよいと感じる方もいると聞きます。

    Q:ほかの果物は過熟になると食べられませんが、かきはドロドロに熟してもおいしく食べられますよね?
    A:「熟柿(じゅくし)」と呼ばれる、主に昔の渋がきの食べ方の話ですね。炭酸ガスやアルコールで脱渋する技術がなかった時代に、渋がきを果肉が非常に柔らかい(ドロドロの)状態になるまで置いておき、渋みを感じなくさせて食べる食べ方です。これは、山形大学の平先生が提唱されているペクチン等とタンニンがくっついて、渋みを感じなくなるメカニズムによると考えられます。

    Q:完全渋がきでも果肉がドロドロになれば渋みを感じなくなるのですか?
    A:完全渋がきの「西条」は、熟柿の状態になれば渋みを感じません。その他の渋がきもおそらくそうではないかと思いますが、すべてのかきで熟柿となると渋みがなくなるのか、はっきりとは存じ上げません。なお、ペクチン等によって渋が抜けるメカニズムと、アセトアルデヒドによる脱渋メカニズムはまったく違いますから、褐斑が入るか否かというのは別の話です。

    Q:かきは世界中にあるのですか?
    A:はい、ヨーロッパやイスラエルなど、海外でも生産され食べられています。アメリカ在来のアメリカガキは木がゴルフクラブの素材に使われています。

    Q:樹上で熟成するかきは、袋がけをしたかきに1つ1つアルコールなどで脱渋処理をしているのですか?
    A:「平核無」などでそのように脱渋する方法があります。果実を一つずつ袋がけして脱渋することになり、手間がかかるのでそれほど多くは生産されていないと思います。「平核無」も大半は樹上脱渋ではなく、収穫後に炭酸ガスによる脱渋が行われています。樹上で渋みのなくなる不完全甘がき「西村早生」、「禅寺丸」などは種子が入れば人工的な処理なしでゴマが入り渋くなくなるのは、先に説明した通りです。

 

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